天文学と標準時の進化

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 星々の動きを観察することから原子の振動を測定することまで—時間の測定方法は、天文学の発展とともに驚くべき進化を遂げてきました。天文学的な時間から原子時間への移行は、人類の時間理解における革命的な変化でした。この知的冒険の旅を一緒に探検しましょう!

 人類の歴史の大部分において、時間の基準は天体の動き、特に太陽と星の観測に基づいていました。天文時と呼ばれるこの時間システムには、主に3つの種類がありました。

 まず「太陽時」は、太陽の動きに基づくもので、私たちの日常生活のリズムに最も合っています。太陽が南中(その日の最高点に達する瞬間)した時を正午とする「真太陽時」と、太陽の見かけの速度の変化を平均化した「平均太陽時」があります。グリニッジ標準時(GMT)は、グリニッジでの平均太陽時を基準としていました。

 この太陽時の計測において、日時計は古代から重要な役割を果たしていました。古代エジプトでは紀元前1500年頃から日時計が使用され、古代ギリシャや中国でも独自の日時計が発展しました。これらの日時計は太陽の影の位置から時間を測定し、季節や緯度によって調整が必要でした。日時計の精度は限られていましたが、数千年にわたって人類の時間概念の形成に大きな影響を与えたのです。

 次に「恒星時」は、地球の自転を遠くの恒星を基準にして測定するもので、天文観測において重要でした。恒星時では、特定の星が子午線(観測者の真上を通る南北の線)を通過してから次に通過するまでの時間を1恒星日とします。恒星日は太陽日より約4分短く、これは地球が太陽の周りを公転しているためです。

 恒星時の測定には、経緯儀や子午儀などの高度な天文機器が使用されてきました。特に18世紀以降、天文台が世界各地に設立され、より精密な観測が可能になりました。例えば、1833年に設立された東京天文台(現在の国立天文台)は、日本の時間決定において重要な役割を担いました。こうした天文台では、天文学者たちが星の動きを観測し、その国の正確な時間を決定していたのです。

 そして「世界時」(UT)は、20世紀初頭に導入された概念で、地球の自転に基づく国際的な時間基準です。しかし、科学者たちはすぐに問題に直面しました。地球の自転は完全に一定ではなく、潮汐摩擦や地球内部の質量再分配などの影響で微妙に変化するのです。これにより、天文観測に基づく時間尺度には、予測できない不規則性が生じました。

 実は、地球の自転速度は長期的に見ると徐々に遅くなっています。古代バビロニアの粘土板に記録された日食の観測データを現代の計算と比較すると、約2500年間で地球の1日は約0.0017秒長くなっていることがわかります。これは主に月の引力による潮汐摩擦のためです。また、短期的には地球内部のコアとマントルの相互作用や、大規模な地震による質量分布の変化も自転速度に影響を与えます。例えば、2004年のスマトラ島沖地震は、地球の自転を約2.68マイクロ秒(百万分の2.68秒)速めたと計算されています。

 この問題を解決するため、1950年代に物理学者たちは新しいアプローチを模索しました。彼らは原子の振動という、はるかに安定した現象に着目したのです。1955年、イギリスの物理学者ルイス・エッセンは世界初の実用的なセシウム原子時計を開発しました。この時計は、セシウム133原子の共鳴周波数を利用し、それまでの機械式時計とは比較にならないほど正確でした。

 エッセンの原子時計開発の背景には、通信技術の発展という社会的ニーズがありました。第二次世界大戦後、無線通信や放送の周波数管理がますます重要になり、より正確な時間基準が求められていたのです。エッセンはイギリスの国立物理学研究所(NPL)で同僚のジャック・パリーとともに研究を進め、3メートルもの長さのセシウムビーム管を使用した装置を構築しました。1955年6月に完成したこの装置(Cesium Standard I)は、当時の最高精度であるクォーツ時計より約10倍も正確だったとされています。

 1967年、国際度量衡総会は「秒」の新しい定義を採択しました。それは「セシウム133原子の基底状態の二つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9,192,631,770周期の継続時間」というものでした。これにより、時間の基準は天体の動きから原子の振動へと移行し、「原子時」の時代が始まりました。

 この定義における9,192,631,770という数字は、1900年の熱帯年に基づく従来の「秒」の定義と一致するように慎重に選ばれました。つまり、新しい定義に移行しても、「秒」の長さ自体は変わらないようにしたのです。この選択には、日常生活や科学技術における混乱を避けるという実用的な配慮がありました。

 この変化により、「国際原子時」(TAI)という新しい時間尺度が確立されました。これは世界中の原子時計のネットワークによって維持され、理論上は地球の自転や公転とは無関係に、完全に均一な時間の流れを提供します。TAIの精度は驚異的で、数百万年で1秒も狂わないと言われています。

 現在、国際原子時の維持には世界中の400台以上の原子時計が貢献しています。これらは主にセシウム原子時計ですが、より高精度のルビジウム原子時計や、最新の光格子時計も含まれています。特に光格子時計は、セシウム原子時計の100倍以上の精度を持ち、今後の時間標準の進化において重要な役割を果たすと期待されています。日本の国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)も、世界最高水準の原子時計を開発・運用しており、国際原子時の決定に貢献しています。

 しかし、原子時と天文時の間には新たな問題が生じました。地球の自転は徐々に遅くなっているため、原子時と天文時の間に少しずつ差が生じていくのです。この差が大きくなると、正午が実際の太陽の南中から大きくずれてしまうという問題が起きます。

 この差は年間約1ミリ秒のペースで蓄積しています。もし調整をしなければ、1000年後には約15分、1万年後には約2.5時間の差が生じることになります。長い時間スケールで考えると、数十万年後には昼と夜が完全に逆転してしまうことさえあり得るのです。この現象は、私たちの時間の概念が自然現象とどのように関連しているかという哲学的な問いも提起しています。

 この問題を解決するために、1972年に「協定世界時」(UTC)が導入されました。UTCは基本的には原子時と同じペースで進みますが、天文時との差が0.9秒に近づくと「うるう秒」を挿入して調整します。これにより、UTCは原子時の正確さを持ちながらも、地球の自転とある程度同期しているという妥協点が見出されたのです。

 うるう秒は通常、6月30日または12月31日の終わりに挿入されます。この時、時計は23:59:59の次に23:59:60となり、その後に00:00:00となります。1972年の導入以来、2023年までに合計27回のうるう秒が挿入されました。興味深いことに、地球の自転が一時的に速くなることもあり、理論的には「負のうるう秒」(1秒を引く調整)も可能ですが、これまでに実施されたことはありません。

 現在、私たちが日常で使う時間はこのUTCに基づいています。スマートフォンやコンピュータ、GPSなどのシステムは、すべてUTCを基準としているのです。しかし、うるう秒の挿入はコンピュータシステムに問題を引き起こすことがあり、現在ではうるう秒を廃止し、より長期間(数百年単位)で調整する新しい方法が検討されています。

 2022年11月、フランスのヴェルサイユで開催された第27回国際度量衡総会で、うるう秒に関する新たな方針が合意されました。2035年までにうるう秒の挿入を廃止し、少なくとも100年間はUTCとUT1(地球の自転に基づく時間)の差を1分以内に保つ新しい仕組みを導入する方向で検討が進められています。この変更が実現すれば、次世代のコンピュータシステムはうるう秒の挿入による問題を心配する必要がなくなります。

 天文時から原子時への移行は、科学技術の進歩を反映するとともに、私たちの時間概念そのものの変化も示しています。かつては自然の律動と密接に結びついていた時間が、今では原子の振動という目に見えない物理現象に基づいて定義されているのです。

 この時間定義の進化は今後も続くでしょう。より精密な光格子時計が実用化されれば、「秒」の定義が再び見直される可能性があります。また、量子物理学の発展によって、現在の原子時計とはまったく異なる原理に基づく新しい時計が生まれるかもしれません。いずれにせよ、人類はより正確な時間測定を求めて、常に新たな技術を開発し続けるでしょう。

 皆さんも考えてみてください。私たちが当たり前のように使っている「秒」という時間の単位は、宇宙の始まりから変わらない原子の特性に基づいて定義されているのです。そして、その驚くべき精度が現代の通信技術やGPS、インターネットなど、私たちの生活に不可欠なシステムを支えているのです!また、時間の測定と定義が、単なる技術的な問題を超えて、私たちの自然理解や文明の発展と深く結びついていることも認識してみてください。時間は物理学、天文学、哲学が交差する、学際的で魅力的な研究対象なのです。

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