失敗からの再出発を助ける法律
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更生制度・再チャレンジ可能な法整備
「失敗できる社会」を支える重要な基盤として、経済的な失敗からの再起を可能にする法制度があります。日本では、「民事再生法」や「個人再生手続き」などの制度が整備されていますが、アメリカのチャプター11(企業再建型倒産手続き)に比べると、再建のハードルが高いと言われています。実際に、日本の民事再生法は2000年に施行されましたが、手続きの複雑さや費用の問題から、中小企業にとっては依然としてアクセスしにくい制度となっています。
特に日本の個人破産制度は、免責までの期間が長く、手続きも複雑であるため、経済的に行き詰まった人が「再スタート」を切りにくい状況があります。破産申立から免責決定までに通常6ヶ月から1年以上かかり、弁護士費用を含めると50万円前後の費用が必要となります。再チャレンジを促進するためには、破産手続きの簡素化や、免責後の信用回復を早める仕組みなど、法制度の見直しが求められています。さらに、破産者に対する社会的なスティグマ(烙印)の解消も重要な課題です。多くの場合、「破産=人格的な失敗」というイメージが根強く残っており、就職や住居確保の際に不利益を被ることがあります。例えば、破産後7年間は信用情報機関に記録が残り、新たな借入や賃貸契約に影響するケースが少なくありません。2021年の調査によれば、個人破産を経験した人の約65%が「社会的な偏見を感じた」と回答しており、法的な問題だけでなく社会意識の改革も必要といえるでしょう。
破産法制の課題
日本の破産法制の大きな課題として、「連帯保証人」の問題があります。特に中小企業の経営者は、事業資金の借入時に個人保証を求められることが多く、事業に失敗すると個人の資産まで失うリスクがあります。中小企業庁の調査によれば、中小企業の銀行借入の約80%で経営者の個人保証が求められており、この「連帯保証」の慣行が、起業へのハードルを高め、再挑戦を困難にしている側面があります。ある中小企業経営者の例では、事業の失敗後10年以上にわたって保証債務の返済に追われ、新たな事業展開が困難になったケースもあります。
この課題に対応するため、近年では「経営者保証に関するガイドライン」が策定され、一定の条件を満たせば個人保証を不要とする動きも出てきています。2019年の改正では、経営者の「廃業時の円滑な債務整理」や「保証債務の履行基準の明確化」が図られました。また、「資産を全て失わずに再出発できる」制度設計への見直しも進められています。具体的には、破産手続きにおいて「自由財産拡張制度」の運用が緩和され、破産者が手元に残せる現金の上限が従来の20万円から99万円に引き上げられたケースも増えています。法制度が「失敗からの再起」を支援する方向へと進化することで、より多くの人が挑戦に踏み出せる環境が整うでしょう。また、破産申立前の「事業再生ADR」などの裁判外紛争解決手続きの利用促進や、「少額管財」制度の拡充により、破産のコストと心理的負担の軽減が図られています。2022年からは、事業再生実務家協会による「中小企業版私的整理手続」が開始され、弁護士費用を含めた手続費用の低減が実現しています。
国際比較にみる再チャレンジ制度
再チャレンジを促進する法制度において、アメリカは世界的に見ても先進的な位置にあります。アメリカでは個人破産後、チャプター7(清算型)の場合、約6ヶ月で免責が得られ、チャプター13(再生型)でも3〜5年の返済計画を実行すれば残債務が免除されます。この「早期の免責」が、失敗した起業家の再挑戦を後押ししています。シリコンバレーでは「一度の失敗は貴重な経験」と評価され、過去に破産経験のある起業家が再び資金調達に成功するケースも珍しくありません。実際、テスラのイーロン・マスクやアップルの共同創設者スティーブ・ジョブズなど、一度挫折を経験した後に大きな成功を収めた起業家の例は数多くあります。
EUにおいても「セカンド・チャンス政策」として、誠実な破産者に対して最長3年で免責を与える制度改革が進められています。特にドイツでは2021年の破産法改正により、個人事業主の免責期間が6年から3年に短縮され、「失敗からの早期再起」を促進しています。フランスでは「起業家のための第二のチャンス法」が2019年に成立し、破産後の資金調達支援や社会保障制度へのアクセス改善が図られました。イギリスでは「個人任意整理(Individual Voluntary Arrangement)」制度により、完全な破産手続きを経ずに債務整理が可能となっています。
一方、日本の免責までの期間は通常1年以上かかり、手続きの複雑さや費用面でも負担が大きいのが現状です。また、アジア諸国の中でも、シンガポールは2018年に破産法を改正し、免責期間を従来の7年から最短3年に短縮しました。韓国でも「個人債務者回生制度」の拡充により、失敗した起業家の再起支援が強化されています。これらの国際比較から、日本の破産法制には「失敗後の迅速な再スタート」という視点での改革余地があると言えるでしょう。国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)も、2019年に「中小企業の倒産処理に関するモデル法」を採択し、各国に簡素で効率的な倒産制度の整備を推奨しています。
法改正の動向と今後の展望
近年、日本政府も「再チャレンジ支援」の重要性を認識し、法制度の改革を進めています。2016年の「中小企業等経営強化法」では、経営革新等支援機関による再生支援の枠組みが強化されました。また2020年には、「私的整理に関するガイドライン」が改正され、中小企業の事業再生がより柔軟に行えるようになりました。2021年には「産業競争力強化法」の改正により、創業支援と再チャレンジ支援を一体化した「創業・再チャレンジ促進事業」が開始され、失敗経験のある起業家への融資保証制度も拡充されています。
法務省の検討会では、個人破産手続きの簡素化や電子申請の導入についても議論が進んでおり、2023年には破産法の一部改正案が提出される見込みです。金融庁による「事業者の再チャレンジを支援するための信用保証制度の見直し」も進行中で、再挑戦する起業家への資金供給円滑化が図られています。また、日本政策金融公庫による「再チャレンジ支援融資」では、過去に廃業経験があっても、一定の条件を満たせば通常より低い金利で融資を受けられる制度が拡充されました。
今後の展望としては、個人版私的整理ガイドラインの利用促進や、破産者情報の信用情報機関への登録期間短縮など、「失敗からの回復」を早める制度設計が求められています。具体的には、信用情報機関への登録期間を現行の7年から3年程度に短縮する案や、「再チャレンジ特区」として一部地域で規制緩和を試験的に実施する構想も検討されています。また、起業家教育の一環として、法的リスク管理や再チャレンジのための知識提供も重要です。大学や専門学校のカリキュラムに「事業失敗時の法的対応」に関する教育を取り入れる動きも広がっています。多様な働き方が広がる現代社会において、「一度の失敗で人生が終わらない」法的セーフティネットの構築は、イノベーションと経済活性化の基盤となるでしょう。オランダのように「破産の傷跡」を早期に消去し、新たな信用構築を支援する制度の導入も検討課題と言えます。