「五者」から「六者」への進化？

　伝統的な「五者」の枠組みは、ビジネスパーソンの成長に有効な視点を提供してきましたが、現代社会の変化に応じて、新たな要素を加えた「六者」や「七者」への拡張も検討される価値があります。特に、従来の五者と親和性の高い「商者（あきないもの）」や「宗者（そうじゃ）」といった要素との融合について考えてみましょう。このような拡張は、ビジネスパーソンがより複雑化する社会環境に適応し、持続可能な成功を収めるための新たな視座を提供します。

「商者」（あきないもの）とは

　「商者」とは、価値を見出し、交換・循環させる能力を持つ存在です。単なる「物売り」ではなく、社会的価値の創造と交換を担う重要な役割を持ちます。現代ビジネスにおいては、新たな価値を創造し、それを適切に市場に届ける能力が、組織の存続と成長に不可欠となっています。

　「商者」的要素の核心は、「価値創造力」と「交換思考」にあります。「何が本当の価値か」を見極め、それを形にして、適切な対価と交換する能力は、ビジネスの本質とも言えるでしょう。また、持続可能なビジネスモデルの構築や、社会的課題の解決と経済的リターンの両立など、現代的な「商い」の視点も含まれます。

　例えば、ある環境技術の専門家は、高度な専門知識（学者）を持ちながらも、その技術がどのような形で社会的価値を生み出し、経済循環に組み込めるか（商者）という視点を加えることで、単なる研究者から、社会変革の担い手へと進化しました。この「商者」的視点は、特にイノベーションを市場に届け、持続的なインパクトを生み出す際に不可欠な要素と言えるでしょう。

「宗者」（そうじゃ）とは

　「宗者」とは、深い信念や哲学、倫理観を持ち、それを実践し広める存在です。単なる「宗教家」ではなく、ビジネスにおける「パーパス（目的）」や「理念」の体現者として捉えることができます。現代社会では、利益追求だけでなく、社会的意義や倫理的価値観に基づくビジネス実践が求められています。

　「宗者」的要素の核心は、「パーパス志向」と「倫理的実践」にあります。「なぜ」この仕事をするのかという本質的な問いに向き合い、自分の価値観と一致した行動を取る姿勢は、持続的なモチベーションと社会的信頼の源泉となります。また、組織の理念を言葉だけでなく行動で示し、周囲に影響を与える力も含まれます。

　「宗者」としての視点は、特に組織が危機や困難に直面した際に力を発揮します。ある企業のCEOは、業績悪化の際に「なぜ私たちはこの事業を行うのか」という原点に立ち返り（宗者）、単なるコスト削減ではなく、企業の存在意義に立脚した改革を実施することで、社員のモチベーションを維持しながら事業再生を成功させました。このように、「宗者」の視点は、短期的な利益追求を超えた、持続的な組織運営の基盤となるのです。

六者・七者への拡張の可能性

「五者＋商者」の統合

　「商者」の要素を加えることで、学びや表現、創造性といった五者の能力を、実際の価値創造とビジネス成果につなげる視点が強化されます。例えば、「学者」として得た知識を、どのように社会的・経済的価値に変換するかという発想や、「芸者」としての創造性を、市場ニーズと結びつける思考が加わります。特に起業家やビジネスリーダーにとって、この「商者」的視点は不可欠と言えるでしょう。

　具体的には、「学者×商者」の統合により、ただ学ぶだけでなく、その知識をビジネスモデルに転換する力が生まれます。「医者×商者」では、顧客の潜在ニーズを共感的に理解し、それに応える商品開発につなげられます。「易者×商者」の融合は、市場予測と事業戦略の策定に活かされ、「役者×商者」は、効果的なブランディングやマーケティングコミュニケーションを可能にします。そして「芸者×商者」の統合は、顧客体験の設計とエンゲージメント向上に貢献するでしょう。

「五者＋宗者」の統合

　「宗者」の要素を加えることで、五者の実践に深い意味と方向性が与えられます。なぜ学び（学者）、人に寄り添い（医者）、未来を見通し（易者）、表現し（役者）、創造性を発揮する（芸者）のか—その根本的な目的と倫理的基盤が明確になります。特に、SDGsやESGが重視される現代において、ビジネスの社会的意義を問い直す「宗者」的視点は、持続可能な成長への鍵となるでしょう。

　例えば、ある医療機器メーカーの経営者は、優れた技術開発能力（学者）と市場戦略（易者）を持ちながらも、「なぜ私たちはこの事業を行うのか」という問い（宗者）を組織全体で探求することで、単なる利益追求を超えた「患者のQOL向上」という明確なパーパスを確立しました。この「宗者」的視点は、社員のモチベーション向上と、倫理的な意思決定の指針として機能し、長期的な企業価値の向上につながっています。組織に「魂」を吹き込む「宗者」の役割は、特にVUCA（変動性・不確実性・複雑性・曖昧性）の時代において、ブレない軸を提供するのです。

「五者＋商者＋宗者」の統合

　七者まで拡張することで、より包括的なビジネスパーソン像が描けます。「何を」（五者の能力）、「どのように」（商者の価値創造）、「何のために」（宗者の目的）という三つの次元がつながり、より統合的な実践が可能になります。特に、社会起業家やパーパスドリブンな組織のリーダーにとって、この七者の視点は強力な指針となるでしょう。

　ある国際的な社会起業家は、教育格差の問題に対して、綿密な調査研究（学者）、現場の子どもたちへの共感的理解（医者）、教育技術の将来予測（易者）、説得力あるストーリーテリング（役者）、クリエイティブな学習体験設計（芸者）という五者の能力を駆使しています。さらに、持続可能なビジネスモデルの構築（商者）と、「すべての子どもに質の高い教育を」という揺るぎない信念（宗者）を統合することで、一時的なプロジェクトではなく、自律的に成長し続けるソーシャルビジネスを確立しました。この七者の統合アプローチは、特に複雑な社会課題に取り組む際に、技術的・経済的・倫理的側面を包括的にカバーする枠組みとして有効です。

六者・七者実践の萌芽事例

　ある社会起業家Rさんは、従来の五者に「商者」と「宗者」の要素を加えた実践を行っています。彼女は、環境問題に関する深い知識（学者）と、地域コミュニティの課題への共感（医者）、未来の気候変動シナリオの予測（易者）、環境保全の重要性を伝えるストーリーテリング（役者）、様々なステークホルダーを巻き込む場づくり（芸者）という五者の能力を基盤としています。

　さらに、環境保全と経済的持続性を両立させるビジネスモデルの構築（商者）と、「未来世代に豊かな地球を残す」という明確なパーパス（宗者）を加えることで、単なる理想主義ではない、実践的かつ持続可能な社会変革を実現しています。特に、「商者」の視点がなければ活動の継続性が危うく、「宗者」の視点がなければ困難に直面した際の精神的支柱が失われていたでしょう。

　同様に、ある大手メーカーの変革を主導したCEOは、業界の専門知識（学者）、従業員の不安への理解（医者）、市場変化の予測（易者）、ビジョンの明確な伝達（役者）、組織文化の刷新（芸者）という五者の能力に加え、新たな収益モデルの構築（商者）と、「技術を通じた社会貢献」という企業理念の再定義（宗者）を統合しました。この七者アプローチにより、単なるリストラや短期的利益追求ではなく、企業の存在意義に根ざした持続可能な変革が実現したのです。

各ビジネス階層での六者・七者実践

　六者・七者の枠組みは、様々なビジネス階層で異なる形で活かされています。例えば、若手社員にとっては、「商者」の視点は、自分のスキルや知識がどのように組織や社会に価値をもたらすかという意識を育み、「宗者」の視点は、キャリア形成における自分なりの軸を確立する助けとなります。

　中間管理職にとっては、「商者」の視点は、チームの成果を組織全体の価値創造や市場競争力にどうつなげるかという発想を促し、「宗者」の視点は、日々の業務や意思決定の意義を部下に伝える際の基盤となります。また、経営層にとっては、「商者」としての価値創造の仕組みづくりと、「宗者」としての組織の存在意義の明確化が、持続可能な経営の両輪となるでしょう。

今後の展望と課題

　五者から六者、七者への拡張は、現代社会の複雑な要請に応える可能性を秘めています。しかし、あまりに多くの要素を詰め込みすぎると、わかりやすさや実践性が失われる恐れもあります。重要なのは、自分自身や組織の状況、目指す方向性に合わせて、必要な要素を柔軟に取り入れる姿勢でしょう。五者をしっかりと理解した上で、必要に応じて新たな視点を加えていく段階的なアプローチが効果的ではないでしょうか。

　また、「八者」「九者」といった更なる拡張よりも、既存の要素の深化と統合に焦点を当てるべきかもしれません。例えば、「商者」と「宗者」の視点を加えることで、五者の実践がより立体的で包括的なものになります。シンプルさと包括性のバランスを取りながら、現代のビジネスパーソンに真に役立つフレームワークへと進化させていくことが、今後の課題と言えるでしょう。

　重要なのは、これらの枠組みが単なる理論に終わらず、実践の中で検証され、改良されていくことです。あなた自身の経験や職場環境の中で、どのような「六者」「七者」の形が有効か、ぜひ実験してみてください。そして、その成果や気づきを周囲と共有することで、この枠組みがさらに豊かに進化していくことでしょう。