空気への「問い直し」ワーク

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 私たちの周囲に存在する「空気」は、多くの場合無意識のうちに私たちの思考や行動を規定しています。この「空気」とは、明文化されていないものの、社会や組織内で共有されている暗黙の了解や規範のことです。日本社会では特に「空気を読む」ことが重視され、これが時として革新や変化の障壁となることもあります。この「空気」に意識的に問いかけ、その必要性や妥当性を検証することで、より自由で創造的な思考や行動が可能になります。さらに、個人だけでなく組織全体の変革にもつながる重要なプロセスです。ここでは、「空気」に問い直すための具体的なワークとその記録方法を紹介します。

ステップ1:「空気」の特定

まずは、自分の周囲にどのような「空気」が存在するかを特定します。これは簡単なようで実は難しいプロセスです。なぜなら、「空気」は私たちが当然と思っているものであり、水の中の魚が水の存在に気づきにくいように、私たちも普段意識していない場合が多いからです。以下のような質問を手がかりに、書き出してみましょう:

  • 「〜すべき」「〜するのが当然」と感じていることは何か
  • 「これは言ってはいけない」と感じる話題は何か
  • 「皆がそうしている」という理由で従っていることは何か
  • 疑問に思っても口に出さない前提や慣行は何か
  • 違和感を感じるが、指摘すると浮いてしまうと思うことは何か
  • 組織や集団の中で「暗黙のタブー」と感じるものは何か
  • 「そういうものだ」と説明なしに受け入れていることは何か
  • 新しいメンバーがよく驚く組織の習慣や考え方は何か

 例えば、職場であれば「上司の意見には反対しない」「定時後も残って仕事をするのが美徳」「失敗は隠すべきもの」といった「空気」が見つかるかもしれません。家庭内では「家事は女性の役割」「感情表現は控えるべき」「成功とは社会的地位の高さである」といった「空気」があるかもしれません。学校や教育現場では「沈黙は理解の証」「質問は無知の表れ」といった「空気」が存在するかもしれません。

 この段階では判断せず、できるだけ多くの「空気」を書き出してみることが重要です。特に、日常的に感じる違和感や制約感のある場面を思い出してみると、「空気」の存在に気づきやすくなります。

ステップ2:起源と機能の探求

特定した「空気」について、その起源と現在の機能を探ります。「空気」は歴史的・文化的な背景から生まれていることが多く、その起源を理解することで、単に否定するのではなく、本来の価値や意図を尊重しながら変革することが可能になります:

  • この「空気」はいつ、どのようにして生まれたのか
  • 誰がこの「空気」から利益を得ているか
  • この「空気」は本来どのような目的や価値を実現するためのものだったか
  • 現在、この「空気」はどのような機能(プラスとマイナス両方)を果たしているか
  • この「空気」が強化される状況や場面はどのようなものか
  • この「空気」が時々破られる例外的な状況はあるか
  • この「空気」は世代や部署、文化圏によって異なるか
  • この「空気」が過去から現在にかけてどのように変化してきたか
  • この「空気」が強く作用する場面と、あまり影響しない場面の違いは何か

 例えば、「会議では全員が合意すべき」という「空気」は、調和や一体感を重視する日本文化から生まれ、スムーズな実行を促進する一方で、多様な視点や批判的検討を抑制するという機能も持っているかもしれません。この「空気」は、かつては高度経済成長期に効率的な意思決定と実行力を生み出す原動力だったかもしれませんが、現在のような不確実性の高い環境では、むしろイノベーションの障壁となっている可能性があります。

 また、「残業は美徳」という「空気」の場合、生産性よりも忠誠心や努力を可視化することを重視する価値観から生まれ、組織への献身を示す手段として機能する一方で、効率性の低下や従業員の健康問題、ワークライフバランスの悪化という負の側面も持っています。この「空気」は、物理的な労働時間と成果が比例していた工業化時代には合理性があったかもしれませんが、知識労働が中心の現代においては必ずしも適合していないかもしれません。

 このように、「空気」の起源と機能を丁寧に分析することで、単純な善悪の判断ではなく、複雑な文脈の中での意義と限界を理解することができます。

ステップ3:必要性の検証

その「空気」が現在の状況や目標にとって本当に必要かどうかを検証します。この段階では、批判的思考と創造的思考の両方を活用し、現状維持バイアスから脱却して客観的な評価を試みます:

  • この「空気」が存在しなかったら、何が起こるか(最悪のシナリオと最良のシナリオ)
  • この「空気」は現在の目標や価値観と一致しているか
  • この「空気」の代わりになる、より良い規範や考え方はあるか
  • この「空気」を変えることで得られる可能性のあるメリットは何か
  • この「空気」を維持することのコストや犠牲は何か
  • この「空気」は誰にとって有益で、誰にとって不利益か
  • 他の組織や文化では、同様の状況をどのように扱っているか
  • この「空気」が5年後、10年後も同じように機能するか
  • 社会や技術の変化により、この「空気」の前提条件が変わっていないか
  • もし今から新しく組織や関係を構築するとしたら、この「空気」を意図的に作るか

 例えば、「若手は意見を控えるべき」という「空気」を検証すると、これが組織の創造性や人材育成を妨げている可能性に気づくかもしれません。最悪のシナリオとしては、若手の斬新なアイデアが埋もれ、彼らのモチベーションが低下し、組織の革新性が失われるといったことが考えられます。一方、最良のシナリオとしては、経験と新鮮な視点の両方を活かした建設的な対話が生まれ、より良いアイデアや解決策が生み出されるかもしれません。

 また、「失敗を避けるべき」という「空気」の場合、短期的には安定した業務遂行につながるかもしれませんが、長期的には学習機会の喪失やイノベーション不足をもたらす可能性があります。シリコンバレーの「フェイルファスト(素早く失敗し、そこから学ぶ)」文化や、科学研究における「失敗も貴重なデータ」という考え方など、異なる文化圏や分野での代替的なアプローチを参考にすることも有益でしょう。

 この検証プロセスでは、「空気」を単純に否定するのではなく、その本質的な価値を保ちながら、現代の文脈に合わせて再解釈または再構築する可能性を探ることが重要です。

ステップ4:新しい「空気」の創造

必要があれば、古い「空気」に代わる新しい「空気」を意識的に創造します。この段階では、理想論に終わらない、実践可能で持続的な変化を設計することが重要です:

  • どのような新しい「空気」が望ましいか
  • その新しい「空気」を作るために、自分はどのような行動ができるか
  • 同志となる可能性のある人は誰か
  • 小さな実験として、どのような場面で新しい「空気」を試せるか
  • 新しい「空気」を象徴するシンボルやストーリーは何か
  • どのようなルーティンや儀式が新しい「空気」を強化するか
  • 新しい「空気」に対する抵抗や障壁は何が予想されるか
  • その抵抗にどう対応するか
  • どのような指標で新しい「空気」の浸透度を測れるか
  • 新しい「空気」が定着するためにはどのくらいの時間と一貫した行動が必要か

 例えば、「失敗は隠すべき」という「空気」を「失敗から学ぶ」という新しい「空気」に変えるために、自分の失敗体験と学びを積極的に共有する実践を始めることができます。具体的には、チームミーティングで「今週の失敗と学び」というセッションを提案したり、失敗事例を分析する「レトロスペクティブ」の手法を導入したりすることが考えられます。

 「上司の意見に反対しない」という「空気」を変えるには、「多様な視点が意思決定の質を高める」という新しい「空気」を作るために、意見の相違を歓迎するファシリテーション技術(例:「デビルズアドボケイト」の役割交代制)を導入したり、異なる視点を提供した人に対して公の場で感謝を示したりする実践が考えられます。

 このような変化は一朝一夕に起こるものではなく、小さな実験から始め、成功体験を積み重ね、物語として共有していくプロセスです。また、形式的な変化だけでなく、本質的な価値観や行動の変容が重要であり、そのためには継続的な対話と振り返りが必要です。

 新しい「空気」が定着するためには、それが単なるスローガンではなく、日常の具体的な行動や意思決定に反映され、特に影響力のある人々(リーダーや尊敬される同僚)によって体現されることが重要です。また、新しい「空気」に沿った行動が称賛され、報酬を受ける仕組みも効果的です。

質問例と記録法

このワークを記録するためのテンプレート例を以下に示します。個人での内省や、チームでの対話のツールとして活用できます:

特定した「空気」「会議では異論を唱えるべきでない」
起源と背景調和重視の文化、過去の対立による負の経験
現在の機能(プラス)会議の迅速な進行、表面的な和の維持
現在の機能(マイナス)多様な視点の欠如、潜在的な問題の見落とし
必要性の検証結果現在の革新が必要な状況では不適切
新しい「空気」の案「建設的な意見の違いは価値がある」
実践のための行動計画・次回会議で意見の違いを丁寧に表明する
・他者の異なる視点に積極的に感謝を示す
・「デビルズアドボケイト」の役割を提案する
期待される抵抗・「空気を乱す人」というレッテル
・異論を個人攻撃と受け取る反応
・効率低下への懸念
抵抗への対応策・意見と人格の分離を明確にする
・建設的フィードバックの方法を学ぶ
・短期的な効率と長期的な質のバランスを説明
成功指標・会議での発言者の多様性
・採用されたアイデアの質と革新性
・チームメンバーの心理的安全性の実感
定着のためのルーティン・毎回の会議で異なる視点を求める明示的な問いかけ
・定期的な振り返りで「空気」の変化を確認
・新しい「空気」を体現する行動の表彰

組織での「空気」問い直しワークショップ

個人の内省だけでなく、組織やチーム全体で「空気」を問い直すワークショップを開催することで、集合的な気づきと変革が促進されます。以下にワークショップの基本的な流れを示します:

  1. 心理的安全性の確保:まず、参加者が自由に発言できる環境を作ります。ファシリテーターは「正解」を求めるのではなく、多様な視点を歓迎する姿勢を示します。
  2. 「空気」の概念説明:「空気」とは何か、なぜそれを問い直すことが重要かを説明し、具体例を共有します。
  3. 個人ワーク:各自が組織内で感じている「空気」を付箋に書き出します。
  4. グループ共有:小グループで付箋を共有し、類似した「空気」をグルーピングします。
  5. 優先順位付け:最も影響力が大きい、または変革の必要性が高い「空気」を選びます。
  6. 深堀り分析:選ばれた「空気」について、起源、機能、必要性を前述のフレームワークを使って分析します。
  7. 新しい「空気」のデザイン:どのような新しい「空気」が望ましいか、そのためにどのような行動が必要かを協議します。
  8. アクションプラン作成:具体的な実践計画を立て、責任者とタイムラインを決めます。
  9. フォローアップの設定:進捗を確認し、学びを共有するための定期的な場を設定します。

 このようなワークショップは、組織変革の出発点として、また定期的な組織文化の健全性チェックとして活用できます。特に、新しい戦略の実行や、重要な転換期には、「空気」の問い直しが変革の成功に大きく貢献します。

実践のためのヒント

「空気」への問い直しを効果的に行うためのいくつかのヒントを紹介します:

  • 好奇心を持つ:批判的ではなく、探究的な姿勢で「空気」に向き合います。
  • 小さく始める:一度にすべての「空気」を変えようとせず、影響力が大きく、変化の余地もある領域から始めます。
  • 同志を見つける:一人では「空気」を変えることは難しいため、共感する仲間を見つけ、協力します。
  • 物語を活用する:抽象的な議論よりも、具体的なストーリーや例を通じて「空気」とその影響を説明します。
  • リーダーの関与を促す:組織のリーダーが「空気」の問い直しに参加し、新しい行動をモデル化することで、変化が加速します。
  • 成功を祝う:小さな変化や成功体験を認識し、共有し、祝うことで、モメンタムを維持します。
  • 外部の視点を取り入れる:組織外の人や、新しいメンバーは「空気」を鮮明に感じることができるため、その観察を積極的に聞きます。
  • 定期的に振り返る:「空気」の変化は漸進的であるため、定期的に進捗を振り返り、アプローチを調整します。

 このような「空気」への問い直しワークを定期的に行うことで、無意識に従っていた制約から解放され、より自由で創造的な思考と行動が可能になります。組織や集団で行うことで、共通認識を形成し、変革の基盤を作ることもできるでしょう。最終的には、「空気を読む」ことから「空気をデザインする」ことへの転換、つまり環境に受動的に適応するのではなく、望ましい環境を能動的に創造する主体性の獲得につながります。