ダニエル・カーネマンの二重過程理論とインサイト

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システム1(速い思考)

直感的、自動的、無意識的な思考プロセスです。日常的な判断や感情的反応を司り、エネルギー消費が少なく、バイアスの影響を受けやすい特徴があります。このシステムは進化的に古く、生存に必要な即時の判断(危険の察知など)に重要な役割を果たします。また、熟練した技能(運転や読書など)も自動化されるとシステム1によって処理されるようになります。

システム2(遅い思考)

論理的、計画的、意識的な思考プロセスです。複雑な計算や意思決定を担当し、エネルギー消費が多く、注意力を必要とします。システム2は新しい情報を処理し、複数の選択肢を比較検討したり、長期的な結果を考慮したりする際に活性化します。また、システム1の直感的判断を監視し、必要に応じて修正する役割も担っています。

消費者インサイト発見において、この理論は購買判断の二面性を理解する上で重要です。消費者は自分の決断を合理的なシステム2のプロセスとして説明する傾向がありますが、実際には多くの選択がシステム1の直感的判断に基づいています。

例えば、高級ブランド品の購入を「品質が良いから」と説明する消費者も、実際には瞬間的な感情的反応(ステータス感、美的魅力など)に動かされていることが多いのです。調査では、システム2の合理化された説明だけでなく、システム1の直感的反応や感情的反応を引き出す工夫が必要です。

消費者行動における二重過程理論の応用

マーケティングの文脈では、商品パッケージのデザイン、店舗の雰囲気、広告のビジュアルなどはシステム1に直接訴えかけます。一方、製品スペックの詳細な比較表や論理的なコピーはシステム2に向けたアプローチです。効果的なマーケティング戦略は、この両方のシステムに適切にアプローチすることで構築されます。

特に興味深いのは、消費者の選択における「プライミング効果」です。事前に特定の刺激(言葉、画像、音楽など)に触れることで、システム1の無意識的な判断が大きく影響を受けることがあります。例えば、フランスの音楽が流れる店ではフランスワインが、ドイツの音楽が流れる店ではドイツワインが多く購入されるという研究結果があります。

インサイト調査での実践応用

定性調査では、以下のようなアプローチが効果的です:

  • 投影法:直接的な質問ではなく、第三者についての想像や、抽象的な状況での反応を尋ねることで、システム1の本音を引き出す
  • 観察法:実際の購買行動を観察し、行動と説明のギャップを分析する
  • 反応時間測定:特定の質問や選択に対する反応速度を測定し、直感的判断か熟考的判断かを見極める
  • 視線追跡:商品やパッケージのどの部分に注目しているかを分析し、無意識的な関心を明らかにする

ダニエル・カーネマンは、イスラエル・アメリカ合衆国の心理学者、行動経済学者。経済学と認知科学を統合した行動ファイナンス理論及びプロスペクト理論で著名。エイモス・トベルスキーととも行動経済学の創始者として知られている。2002年にはノーベル経済学賞を受賞し、心理学者としては初めての経済学賞受賞者となりました。彼の著書『ファスト&スロー』(原題:Thinking, Fast and Slow)は世界的ベストセラーとなり、認知バイアスと意思決定についての理解を一般に広めることに大きく貢献しました。