具体例を挙げられない

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「分からないことが分からない人」のコミュニケーション上の大きな特徴として、抽象的な概念や理論について語るとき、それを裏付ける具体例や実例を挙げられないことが挙げられます。これは表面的な理解に留まっていることの明確な兆候です。概念を真に理解するということは、それを様々な状況に適用できるということであり、具体例を挙げられないということは、その概念が「知っている」レベルから「理解している」レベルに達していないことを示しています。また、このような人は自分の理解不足に気づいていないため、その不足を補おうとする意識も働きません。具体例の欠如は単なるコミュニケーションスキルの問題だけでなく、思考の深さや柔軟性、応用力の不足を反映しているのです。学術研究においても、抽象的な理論を実証するには常に具体的な事例や実験データが求められますが、これは理論の有効性を検証するための基本的なプロセスです。

抽象論のみで話す

一般論や抽象的な概念だけで議論を進め、「たとえば…」と具体的なケースに落とし込むことができません。これは概念の本質を十分に理解していないためです。ビジネスの場では「我々は顧客中心主義で行くべきだ」といった抽象的な発言をするものの、「具体的にどのような施策を行うのか」という質問に答えられないケースがこれに当たります。抽象的な言葉の背後にある実体が見えていないのです。また、政治的議論においても「社会正義のために行動すべき」と主張しながら、それが具体的にどのような政策や行動を意味するのかを説明できないことがあります。教育現場では「児童の自主性を重んじる」と言いながら、実際の授業でどのように自主性を引き出すのかという方法論を持たない教師も同様の例と言えるでしょう。抽象論に終始する人は、しばしば「大局観」や「本質を見る力」を持っていると自負していますが、実際には具体と抽象を行き来できる思考の柔軟性が欠けていることが多いのです。

理論と実践の乖離

理論的な知識と実際の適用例を結びつけることが困難で、学んだことを実生活や業務にどう活かすべきかが分かりません。知識が「使える道具」になっていないのです。たとえば、経営理論を学んでも、自社の状況にどう適用すべきかが分からない管理職や、心理学の概念を知っていても実際の人間関係に活かせない人がこれに該当します。知識が実践から切り離された「浮遊した情報」になっているため、現実の問題解決に役立てることができません。これは新入社員や学生によく見られる傾向ですが、経験豊富な専門家であっても陥ることがある落とし穴です。例えば医学の分野では、最新の研究論文の知識を持ちながらも、目の前の患者の症状にそれをどう適用すべきか判断できない医師がいます。また、プログラミング言語の構文は完璧に覚えていても、実際のプロジェクトで何をどう実装すべきかがわからないエンジニアもこのカテゴリーに入ります。理論と実践の乖離を埋めるためには、知識を単に暗記するのではなく、常に「これはどのような状況で、どのように使えるのか」と問いかける習慣が必要です。また、理論を学ぶ際には同時に複数の適用例も一緒に学ぶことで、知識の適用範囲と限界を理解することが重要です。

質問されると混乱する

「具体的にはどういうことですか?」「例を一つ挙げてください」と問われると、困惑したり、話題をそらしたり、さらに抽象的な説明に逃げる傾向があります。このような場面では、言葉を濁したり、「それは状況によります」といった回答で具体化を避けようとすることがよくあります。また、質問の意図を理解できずに的外れな例を出したり、最終的には「うまく説明できません」と降参することもあります。このような反応は、概念の実際の適用方法や限界について深く考えたことがないことを示しています。会議やプレゼンテーションの質疑応答セッションでは、このような混乱が特に顕著になることがあります。自信を持って主張していた内容でも、「具体的な成功事例は?」「数値で効果を示せますか?」と問われた途端に言葉に詰まるケースは珍しくありません。大学のゼミやディスカッションでも、抽象的な理論を流暢に説明できる学生が、教授から「身近な例で説明してください」と求められると急に口ごもることがあります。このような混乱を避けるためには、事前に自分の主張や説明に対して「なぜ?」「例えば?」「それはどういう意味?」といった質問を自分自身に投げかけておくことが効果的です。また、他者からの質問を脅威ではなく、自分の思考を整理し深める機会として歓迎する姿勢も重要です。混乱する瞬間こそ、自分の理解の限界を示すシグナルであり、学びの機会と捉えるべきでしょう。

他者の例の借用

自分の経験や観察に基づく例ではなく、教科書や他者から聞いた例をそのまま引用することがあります。これは自分自身の理解が不十分であることの表れです。借用した例は往々にして文脈から切り離されており、議論の流れに適切に組み込めないことが多いです。また、引用元の文脈と現在の議論の文脈の違いを認識できないため、例が適切でない場合でも気づかないことがあります。独自の例を作り出せないことは、概念を自分のものとして消化できていない証拠と言えるでしょう。特にビジネス書や自己啓発書からの例を多用する人は、書籍の内容を表面的に理解しているに過ぎないことが多いです。例えば、「シックスシグマ」や「リーンスタートアップ」などのビジネス手法について語りながらも、実際に自社でどう適用したかの経験がなく、本に書かれている成功事例だけを引用するケースがこれに当たります。学術的な議論でも、研究論文の典型的な例をオウム返しするだけで、その背後にある原理原則を理解していない場合があります。こうした借用のパターンから抜け出すためには、学んだ概念を自分の経験や身近な出来事に紐づけて考える習慣をつけることが大切です。「これは私の仕事/生活のどの場面に当てはまるだろうか」と常に問いかけ、自分の文脈に置き換えて考えることで、真の理解に近づくことができます。また、他者の例を学ぶ際も、単に暗記するのではなく、その例がなぜその概念の良い例となっているのかを分析することが重要です。

具体例を豊かに用いる能力を高めるには、日常的に「これは〇〇の例だ」と意識する習慣をつけることが効果的です。また、概念を学ぶときは必ず「実生活でのこの概念の例は何か」と自問し、自分の言葉で例を作る練習をしましょう。具体例は抽象的な理解を現実に接地させる「アース線」のような役割を果たします。さらに、他者に概念を説明する機会を積極的に持つことも有効です。「人に教えることは二度学ぶこと」という格言通り、説明するためには自分自身が明確に理解している必要があり、その過程で理解が深まります。また、自分の専門分野と他分野の概念を関連付けて考える「アナロジー思考」を鍛えることも、具体例を生み出す力の向上につながります。具体例を挙げられるようになることは、自分の理解を深めるだけでなく、コミュニケーションの質を高め、他者との相互理解を促進する重要なスキルです。

歴史上の偉大な思想家や教育者は常に抽象と具体を行き来する能力に長けていました。例えばソクラテスは哲学的な概念を市井の人々に伝えるために日常的な例えを多用し、アインシュタインは複雑な相対性理論を列車の思考実験という具体例で説明しました。現代の優れた教師やリーダーも同様に、難解な概念を身近な例えで伝える能力を持っています。ノーベル賞受賞者のファインマンは、量子物理学のような複雑な理論を、誰にでも理解できる具体例で説明することで知られていました。このような例から分かるように、具体例の活用は単なるコミュニケーションテクニックではなく、深い理解と創造的思考の証といえるでしょう。普段から意識的に具体例を探し、作り、伝える習慣を身につけることで、「分からないことが分からない」状態から脱し、より深い理解と効果的なコミュニケーションを実現することができるのです。