第44章:多様性と包摂性の推進
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現代社会で会社が成長し続けるためには、いろいろな人がそれぞれの得意なことを最大限に活かせる環境がとても大切です。異なる背景や考え方、経験を持った人々が集まり、お互いを認め合い、協力して働くことで、思いもよらない新しいアイデアが生まれます。そして、会社全体が変化に対応する力や、問題を解決する力がぐっと高まるのです。
「多様性(ダイバーシティ)」とは、性別、年齢、国籍、人種、障がい、考え方、働き方など、一人ひとりが持つ様々な違いを認めて、それを良い方向に活かすことです。そして「包摂性(インクルージョン)」とは、そうした多様な人々が「ここにいていいんだ」「自分の意見が大切にされる」と感じ、安心して力を発揮できる場所を作ることです。この二つがそろって初めて、会社は本当に強い組織になることができます。
コンテンツ
ダイバーシティの様々な側面とその価値
「多様性」には、私たちが普段考えている以上にたくさんの要素が含まれています。ここでは、会社にとって特に大切な3つのポイントを見ていきましょう。
ジェンダーダイバーシティ:会社に新しい視点と活気を
女性の管理職を増やすことは、日本の会社にとって急ぎの課題です。これは、会社の競争力を強くするための大切な鍵でもあります。これまで男性が中心だった意思決定の場に、女性の視点や発想が加わることで、もっと多角的でバランスの取れた経営ができるようになります。例えば、商品の企画では、お客さんの半分を占める女性の気持ちがよくわかるアイデアが生まれやすくなるでしょう。そのためには、育児休暇の後、スムーズに仕事に戻れるようにサポートしたり、短時間勤務や在宅勤務など、働き方を自由に選べるようにしたりすることが必要です。また、自分では気づかないうちに判断をゆがめてしまう「無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)」についての研修なども行い、性別に関係なく誰もが公平に評価され、リーダーとして活躍できる会社にする必要があります。
国籍・文化の多様性:世界で勝つための知恵
今、ビジネスは国境を越え、世界中の会社との競争がますます激しくなっています。このような時代に、様々な文化を持つ人を会社に迎えることは、単に人手が足りないからという理由だけではありません。異なる文化を持つ社員は、その国の市場の動きや、お客さんが何を求めているか、そしてビジネスのやり方に詳しいです。そのため、新しいビジネスチャンスを見つけたり、海外で事業を進める時のリスクを避けたりするのに役立ちます。例えば、中東の市場に入る時に、現地の文化や宗教をよく知っている社員がプロジェクトにいれば、お客さんからの信頼を得やすくなるでしょう。会社は、外国人の社員が安心して働けるように、日本語の学習支援、異文化理解の研修、ビザや生活のサポートなどを充実させ、彼らが持つ貴重な知識を会社の経営に活かす仕組みを作るべきです。
世代の多様性:経験と新しいアイデアで未来を切り開く
会社には、経験豊富なベテラン社員、働き盛りの中堅社員、そして新しい感覚を持った若手社員まで、様々な世代の人が働いています。それぞれの世代が持っている知識、経験、スキル、考え方は大きく違いますが、これらを組み合わせることで、会社は大きな力を生み出すことができます。例えば、長年の経験で培われたベテラン社員の業界知識や、お客さんとの深い信頼関係と、デジタルツールを使いこなす若手社員の新しいアイデアが一緒になれば、これまでにない画期的なサービスが生まれるかもしれません。「世代間のメンタリング」(先輩が後輩を指導する)や、若手がベテランにデジタルの知識を教える「リバースメンタリング」といった取り組みは、お互いの理解を深め、会社全体の知識とスキルを高める良い方法です。異なる世代が互いに学び、尊重し合うことで、昔からの良い部分を守りつつ、常に新しいことに挑戦し続けられる会社が育ちます。
様々な人を受け入れることには、会社にとって経済的なメリットもたくさんあります。いくつかの調査でも、多様性を大切にする会社は、良い結果を出していることがわかっています。
具体的なデータが示すダイバーシティの力
内閣府のデータでは、国は2030年までに会社の女性管理職の割合を30%にするという目標を立てています。これは、日本経済を元気にするための大切な目標ですが、今の状況ではまだ達成までには遠いです。しかし、この目標に向けて各会社が努力することは、会社自身の成長にもつながります。
ある研究では、多様性の高い会社は、そうでない会社と比べて新しいアイデアを生み出す力が約43%も高まると報告されています。いろいろな視点やアイデアがぶつかり合うことで、より斬新で革新的な解決策が生まれるのは、まさに多様性がもたらす良い点です。
さらに、別の調査では、多様性を重視した経営をしている会社は、業界の平均よりも利益を出す可能性が35%も高いという結果も出ています。これは、様々な顧客のニーズに応えられる商品やサービスを作り出し、より広い市場で競争に強くなれるからだと考えられます。
このように、多様性を進めることは、単に社会に貢献する良いことというだけでなく、会社が長く成長し続け、競争力を強くするために必要不可欠な「戦略的な経営課題」なのです。数字で示されるこれらのメリットを理解し、具体的な取り組みに落とし込むことが、これからの会社経営には欠かせません。
多様性から真の包摂性へ:誰もが輝ける職場づくり
ただ、いろいろな人を集めるだけでは、その人たちの隠れた能力を最大限に引き出すことはできません。本当に大切なのは、その「多様な人々」が、安心して意見を言い、自分の能力を存分に発揮できるような「包み込むような」環境を会社全体で作ることです。これを私たちは「インクルージョン」と呼びます。インクルージョンがなければ、多様性はかえって意見の対立や摩擦の原因になってしまうかもしれません。
例えば、どんなに優秀な外国人の社員を採用しても、彼らが会議で発言するチャンスがなかったり、文化の違いを理由に孤立してしまったりすれば、その才能は活かされません。そこで必要となるのが、「心理的安全性」の確保です。これは、会社の仲間が、自分の意見や質問、心配なこと、失敗などを、安心して話せると思える状態を指します。上司や同僚が、どんな意見も頭ごなしに否定せず、まずは話を聞く姿勢を持つこと。失敗を責めるのではなく、成長の機会だと考えること。これらが心理的安全性を高め、誰もがためらわずに新しいアイデアを出せる雰囲気を作ります。
また、公平な評価の仕組みも欠かせません。性別や国籍、年齢、学歴といったことではなく、純粋な仕事の成果や会社への貢献度で評価される仕組みがなければ、社員は「自分は正当に評価されていない」と感じ、やる気をなくしてしまいます。差別やハラスメントは絶対に許さないという会社の強い姿勢を示し、それを徹底するための教育や相談窓口を作ることも大切です。多様性は「集団を構成する人々の違い」という「数」の問題ですが、包摂性は「その違いが活かされるかどうか」という「質」の問題です。この二つが車の両輪のようにうまく動いて初めて、会社は本当に大きく変わることができます。
組織文化の変革:リーダーと社員みんなの意識が鍵
多様性と包摂性を会社に定着させるためには、うわべだけの制度導入にとどまらず、会社の文化そのものを根本から変える覚悟が必要です。この変化を動かす力になるのは、やはりトップ(経営者)の強い決意です。「私たちの会社は、多様性を尊重し、誰もが働きやすい環境を作ります」という明確なメッセージを繰り返し伝え、自らが率先して行動することで、全社員の意識を変えることができます。
そして、すべての社員が多様性の価値を理解し、実践できるようになるための継続的な教育も欠かせません。例えば、「無意識の偏見研修」は、私たち誰もが持っている偏見に気づき、それを直すきっかけを与えてくれます。採用の場面では、様々な背景を持つ人に公平なチャンスを提供し、面接官が固定観念にとらわれないようにトレーニングを重ねるべきです。評価や昇進の基準も見直し、性別や国籍などによる不公平が入る余地をなくすよう努力しましょう。また、育児や介護、病気の治療など、社員一人ひとりの生活や事情に合わせた柔軟な働き方を認める制度を積極的に導入することも、インクルージョンを進めます。
このような会社の文化を変えることは、すぐにできることではありません。時には反対意見が出たり、摩擦が起きたりすることもあるでしょう。しかし、経営層から現場の社員まで、全員が粘り強く、そして一つになって取り組むことで、きっと良い結果が生まれます。様々な人がお互いを支え合い、能力を最大限に発揮できる、そんな魅力的な会社を一緒に作っていきましょう。
多様性と包摂性を進めることは、単に社会的な要請や「良いこと」としてだけでなく、会社が長く成長し続け、競争力を強くするために欠かせない「ビジネス上の必然性」として認識され始めています。人事労務担当者の皆様には、この大切な変化の先頭に立ち、会社全体を巻き込み、多様な人が尊重され、その能力を最大限に発揮できる魅力的な職場を作り出すことが期待されています。違いを力に変える。それが、未来を切り開く会社の姿です。
クリティカルポイント
多様性と包摂性は、単に「良い行い」というレベルを超えて、会社の新しいアイデアを生む力、利益、そして世界での競争力を決める大切な要素です。特に日本では、女性管理職の割合が低いことや、外国人の人材を十分に活かせていないことなど、改善すべき点がたくさんあります。これらを乗り越え、本当に誰もが受け入れられる会社の文化を作ることで、会社は長く成長し、社会全体ももっと元気になるでしょう。
反証・課題
- 「実際の仕事とのバランス」:多様な人を受け入れること自体は賛成だけど、現場の仕事が増えたり、コミュニケーションが難しくなったりしないかという心配があります。特に言葉や文化の違いによる誤解や衝突にどう対応するかが課題です。
- 「公平さの感じ方」:多様性を重視するあまり、今いる社員が「自分たちは優遇されていない」と感じ、不公平な気持ちが生まれる可能性があります。特定の属性を持つ人を優遇する対策が、かえって仲間割れを生むこともあります。
- 「トップからの押しつけ」:経営者が旗振り役となっても、現場の社員が理解して実行しないと、形だけの制度で終わってしまうかもしれません。社員一人ひとりの意識を変え、自ら行動するように促すための、もっと深いアプローチが求められます。
「成果が出るまでの時間差」:多様性と包摂性を進めるには長い目で見る必要があり、短期間では目に見える成果が出にくいです。そのため、経営者や株主からの理解を得て、継続して投資や取り組みを続けることが難しい場合があります。

