学べない人:構造的制約の現実

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 さて、先ほどは「学ぶことに心理的な障壁がある」というお話をしました。でも、世の中には、それとはまた違う種類の「学べない人」というのがいらっしゃいます。それは、「本当は心から学びたい、新しい知識やスキルを身につけて、もっと自分の人生を豊かにしたい」と強く願っているのに、残念ながら周りの環境や、私たちが生きる社会の状況によって、その大切な学びの機会が閉ざされてしまっている方々のことです。私たちがつい「あの人はやる気がないんじゃないか?」なんて安易に考えてしまいがちなのですが、実際は個人の努力や意思の問題では片付けられない、もっと根深い社会的な問題が原因で、学びが困難になっている場合が、本当にたくさんあるんです。

 具体的にどんなことが彼らの学びを妨げているのか、少し考えてみましょうか。まず、誰もがすぐに思いつくのが「経済的な問題」、つまりお金がないという状況ですよね。例えば、ある若者が専門学校でスキルを身につけたいと夢見ていても、入学金や授業料、教科書代、交通費…と、次々に発生する費用を工面できない。いくら「学びたい!」という熱い気持ちがあっても、肝心のお金がなければ、どうすることもできません。学びは、時に決して安くない投資が必要になる側面も持ち合わせているわけです。さらに、日々の生活を維持していくために、朝から晩まで、時には夜遅くまで働かざるを得ない人もいます。一日が終わる頃には心も体もクタクタで、とてもじゃないけれど、そこから机に向かって新しいことを学ぶ心の余裕や体力なんて残っていません。これは決して、その人が怠け者だからとか、学ぶ意欲が低いから、という話ではないのです。むしろ、生きるために必死に努力している結果として、学びの時間が奪われている。これはまさに、個人の問題というよりも、社会の仕組み、あるいはセーフティネットのあり方に問いかけられるべき大きな課題だと私は感じています。

 そして、私たちが住む「場所」も、学びの機会に大きな影響を与える要因となり得ます。例えば、質の高い教育機関や、専門的な知識を学べる学習施設、あるいは図書館のような恵まれた環境が、残念ながらどうしても都市部に集中しがちですよね。地方に暮らす方々、特に交通の便が悪い地域に住んでいる方にとって、そういった場所へ物理的に通うことは、時間的にも費用的にも非常に大きな負担になります。毎日何時間もかけて遠くまで通学したり、あるいは学びのために住み慣れた土地を離れなければならない、なんてことは、なかなか簡単にできることではありません。結果として、住んでいる場所の違いが、受けられる教育の質や量に直結してしまうという、なんとも不公平な現実が存在するわけです。さらに、忘れてはならないのが、身体的な制約を持つ方々、例えば障害のある方々が直面する困難です。もし、学びの場がバリアフリーに対応していなかったり、適切な補助具やサポート体制が整っていなければ、どんなに学びたいと願っても、その願いは叶えられないままになってしまいます。彼らは、学びへの意欲や能力が不足しているわけでは決してありません。ただ、周りの環境が、彼らの学びを阻んでしまっているだけなのです。これらの問題は、一人ひとりがどれだけ頑張っても、その努力だけで解決できるような単純な話ではありませんよね。私たち社会全体が、この不公平な現実をしっかりと見つめ直し、誰もが等しく学びの機会を得られるような、もっと温かくて、包容力のある環境を築いていく責任があるのではないでしょうか。そうして初めて、本当の意味での「公平な社会」に一歩近づけるのかもしれません。