勉強三態:義務的学習の三つの状態

Views: 0

 私たちは生きていく中で、時に「勉強しなければならない」と感じる瞬間に直面します。それは学校での試験かもしれませんし、仕事で新しいスキルを身につけることかもしれません。そうした義務的な学習に対して、私たちの周りには大きく分けて三つの異なる姿勢や状況にある人々がいますね。今回は、その三つの「勉強の姿」を、もう少し深く掘り下げて考えてみたいと思います。それぞれの状態には、その人なりの背景や感情が隠されているはずです。どんな人たちがいて、どんな気持ちでいるのか、一緒に探っていきましょう。

 まず、私たちが思い浮かべやすいのが「勉強する人」でしょう。このタイプの人たちは、明確な目標を胸に、日々コツコツと努力を重ねています。たとえば、入学試験や資格取得に向けて、参考書を広げ、真剣な眼差しで問題に取り組む学生や社会人がこれに当てはまりますね。彼らは「あの大学に行きたい」「この資格を取って、もっとスキルアップしたい」といった、いわば「外からの目標」を持っていることが多いです。時には、誰かに言われたからではなく、「自分の得意を伸ばしたい」「新しい知識を身につけるのが純粋に楽しい」といった、自分の心から湧き出る「やりたい」という気持ち、つまり「内発的動機」に突き動かされて、自ら進んで学びの道を選ぶ人もいます。

 彼らの学習は、まるで小さな川がやがて大きな海へと注ぎ込むように、計画的で持続的です。日々の小さな積み重ねが、やがて大きな成果へと繋がることを知っているかのように、着実に知識を身につけ、理解を深めていきます。時には壁にぶつかることもあるでしょうけれど、それを乗り越えるたびに自信をつけ、次なる目標へと向かっていく。そんな前向きな姿勢が、彼らの大きな特徴と言えるのではないでしょうか。

 次に、「勉強しない人」という状態について見ていきましょう。この言葉を聞くと、もしかしたら少しネガティブな印象を受けるかもしれませんね。もちろん、彼らも頭の片隅では「本当は勉強した方がいい」とか「やらなきゃいけないことなんだけどな」と分かっているはずです。でも、なぜか重い腰が上がらない。つい他のことに気を取られたり、締め切り直前まで手をつけられずに、結局後回しにしてしまう、なんて経験は誰にでもあるかもしれません。たとえば、来週に迫ったテストのために参考書を開くものの、気がつけばスマホを眺めていたり、漫画を読んでいたり…なんて風景は、決して珍しいことではないでしょう。

 この「勉強しない」という行動の裏には、様々な心理が隠されていることもあります。もしかしたら、過去に勉強で失敗した経験があって自信を失ってしまっているのかもしれません。あるいは、目の前の課題が難しすぎて、どこから手をつけて良いか分からないという戸惑いがあるのかもしれませんね。勉強そのものに対するモチベーションが見つけられない、あるいは、もっと楽しいことや魅力的な誘惑が多くて、そちらに流されてしまう、ということもよくある話です。彼らにとって、勉強は「義務」であっても、「喜び」や「楽しみ」にはなかなか結びつきにくいものとなっているのかもしれません。

 そして、最後は「勉強できない人」という、少し胸が締め付けられるような状態について考えたいと思います。この人たちは、「勉強したい」という強い気持ちを心の中に秘めているにもかかわらず、様々な事情が重なって、どうしても学習のスタートラインに立つことが難しい状況に置かれています。これは、先ほどの「勉強しない人」のように「やろうと思えばできるのに、やらない」とは少し違います。もっと根深く、個人の努力だけではどうにもならない要因が絡んでいることが多いのです。

 例えば、家庭の経済状況が厳しく、学費を捻出できなかったり、参考書やインターネット環境といった学習に必要なものが手に入らなかったりすることもあります。また、日々の生活のためにアルバイトを掛け持ちしなければならず、物理的に勉強する時間が取れない人もいるでしょう。病気や心の問題を抱えていて、集中力を維持するのが難しいケースや、家族の介護など、個人的な責任が重くのしかかっている人も少なくありません。以前の本書でも触れたような、経済的、地理的、身体的、心理的、そして文化的・言語的な「学びへのアクセス障壁」が、まさにこの「勉強できない人」たちの行く手を阻んでいると言えるでしょう。彼らにとって、勉強は「したいけれど、できない」という、もどかしい現実なのです。

 この「勉強三態」という視点は、単に人々のタイプを分類するだけではありません。むしろ、私たちの社会が抱える構造的な問題や、一人ひとりの人生と学びがどのように密接に関わっているのかを映し出す鏡のようなものだと私は考えています。それぞれの状態を深く理解しようと努めることで、例えば「どんな教育の形がより良いのか?」とか、「困っている人に、どうすれば本当に寄り添い、サポートできるのか?」といった、大切な問いへのヒントが見えてくるのではないでしょうか。誰もが「学びたい」と思った時に、その気持ちを諦めずに済むような、そんな温かい社会を目指していくために、この「勉強三態」の考え方が、ささやかながらも一助となることを願っています。