「学び」と「勉強」の根本的な違い

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 私たちが日常で何気なく使っている「学び」と「勉強」という言葉。どちらも知識を深め、新しいことを身につける行為のように感じられますよね。しかし、その奥底に流れる本質には、実は大きな隔たりがあるのです。この二つの違いを深く理解することは、私たち一人ひとりがどうすればもっと豊かに成長できるのか、そして教育の現場がどうあるべきなのかを考える上で、非常に大切な視点を与えてくれるのではないでしょうか。では、この「学び」と「勉強」を分ける主なポイントはどこにあるのでしょう。それは、「なぜ、その行動を起こすのか」という動機、「何を最終的に目指しているのか」という目的、そして「その過程にどう関わるのか」というプロセスに集約されると言えるでしょう。

 まず、「学び」という概念についてじっくり考えてみましょう。「学び」は、まるで泉のように自分の内側からこんこんと湧き出てくる興味や、純粋な好奇心に突き動かされて、自ら進んで探求していく、そんな心の状態を指します。何かを知りたい、理解したい、もっと深く探ってみたい……そんな、誰かに言われたからではなく、「自分自身の心」が原動力になっているわけですね。それは、幼い子どもが目の前の世界に目を輝かせ、手当たり次第に触れて味わい、新しい発見に歓声を上げるような、そんな純粋な心の動きに近いかもしれません。

 このような「学び」に貪欲な「学びたい人」は、まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、新しい知識や経験をどんどん吸収していきます。彼らは、たとえ壁にぶつかっても、それを乗り越える過程そのものを楽しんでしまうことさえあります。一方で、「学ばない人」とは、せっかく目の前にある知的な刺激や成長の機会を、なぜか活かそうとしない人たちのことを指します。もしかしたら、過去の経験から「学ぶこと」に対してネガティブな感情を抱いてしまっているのかもしれませんね。そして、「学べない人」は、その人自身の気持ちだけでなく、周りの環境や様々な状況によって、学びたくても学ぶことが難しい状態に置かれていることを示唆しています。例えば、心身の不調や、日々の生活に追われて心に余裕がない場合などが考えられます。これらの状態は、その人の内面的な感情と、外部の環境とが複雑に絡み合い、互いに影響し合って生まれるものだということを忘れてはなりません。「学び」には明確なゴールラインがなく、その探求の過程そのものにこそ、かけがえのない価値が宿っていると言えるでしょう。まるで広大な森の中をさまよう旅のように、どこに行き着くかは分からなくても、一歩一歩進むこと自体が大きな喜びとなるのです。

 それに対して「勉強」は、少し性格が異なります。こちらは、まるで地図とコンパスを手に、目的地へ最短距離で向かう旅人のようです。期末テストで高得点を取る、難関資格を取得する、あるいは希望する学校や企業に入り込む、といったように、明確で具体的な「外からの目標」や、「社会からの要求」に応える形で知識やスキルを身につけていくことを指します。そこには、自分の内側から湧き出るものとは違う、「〜しなければならない」「〜できるようになりたい」といった、より意識的な動機が働いていることが多いでしょう。

 「勉強する人」は、目標達成のために、きっちりと計画を立て、地道な努力をコツコツと重ねていきます。時には、興味のない分野や苦手な課題にも根気強く向き合い、ひたすら暗記したり、問題を解いたりする粘り強さも求められるでしょう。彼らは、結果を出すために合理的なアプローチを選びます。一方、「勉強しない人」は、そうした「やらなければならない」という状況に対して、強い抵抗を感じてしまうかもしれません。面倒だと感じて先延ばしにしたり、その必要性自体を見出せず、避けてしまったりすることもあるでしょう。また、「勉強できない人」は、もしかしたら、その学習内容に対する認知的な特性(例えば、前述の学習障害など)があったり、勉強に集中できる環境が整っていなかったりするなどの「能力や環境」のせいで、努力を続けるのが難しい状況に置かれているのかもしれません。もちろん、一概には言えませんが、多くの場合、「勉強」は、はっきりとした目標に向かって進むものであり、その価値は、主に結果や成果、つまり「目標を達成できたかどうか」という点に重きが置かれる傾向があるのではないでしょうか。

 このように「学び」と「勉強」は、一見似ているようでいて、その動機、目的、そしてプロセスにおいて根本的な違いがあることがお分かりいただけたかと思います。しかし、これは決して対立する二つの概念というわけではありません。むしろ、これらがお互いに持つ良いところをうまく取り入れていくことで、私たちはもっと効果的で、そして何より楽しい教育や学習の方法を考え出すことができるはずです。例えば、勉強の目標に向かうプロセスの中に、学ぶことの喜びや発見の驚きを散りばめる。あるいは、内発的な学びの衝動を、具体的な勉強の目標へと結びつける。そんな柔軟な発想が、これからの時代には求められているのかもしれませんね。