学びの現状:デジタル時代の課題と向き合う私たち

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 私たちが日々の生活の中で「学ぶ」という行為にどう向き合っているか、改めて考えてみると、そのあり方は本当に大きく変化していることに気づかされますね。インターネットや目覚ましい速さで進化するデジタル技術が、私たちの暮らしの隅々にまで浸透したおかげで、もはや知識というものは、かつてのように一部の特権階級だけが独占するものではなくなりました。誰もが、いつでも、どこからでも、驚くほど手軽に情報を手に入れられるようになったのですから、まるで「学び」そのものが、これまでの閉鎖的な枠を打ち破り、まるで清々しい風が吹き抜けるように民主的になったかのような感覚を覚えます。

 例えば、ちょっと想像してみてください。私たちの手元にあるスマートフォンやパソコンを開けば、世界中の有名大学が提供するオンライン講座が、クリック一つで受講できてしまう。あるいは、どんなに複雑なテーマでも、分かりやすく解説してくれる教育動画が、無限に近いほどアップロードされていますよね。まるで広大な知識の海に飛び込むかのように、あらゆる分野の専門書や論文が収められたデジタル図書館にも、一瞬にしてアクセスできてしまう。こうした環境があるおかげで、「住んでいる場所が田舎だから」とか、「経済的な余裕がないから」といった、かつては学びを諦めざるを得なかった人々が直面していた壁が、ずいぶん低くなったように感じられます。本当に理論的に考えれば、世界中で生み出された、それこそ珠玉のような素晴らしい教育コンテンツの数々を、誰もが何の制約もなく、自由に選び、享受できる時代になったと言っても過言ではないでしょう。この状況は、知識の普及という点では、まさに人類の大きな進歩だと、心からそう思いますね。

 ですが、ちょっと立ち止まって考えてみませんか。本当に誰もが知識にアクセスできるようになったからといって、私たちが理想とする「学びの平等」が、そのままストンと実現したと断言できるでしょうか?残念ながら、世の中はそんなに単純ではありません。「デジタル格差」という、デジタル時代ならではの、新しい種類の不平等が私たちの目の前に立ちはだかっているのです。これは、例えば、自宅に高速なインターネット回線が整っていない地域に住んでいる人や、そもそもインターネットに接続できるパソコンやタブレットといった「適切なデバイス」を持っていない家庭の子どもたち。あるいは、デジタル機器の操作方法が分からなかったり、オンライン上の情報をどう読み解き、どう活用すればいいかという「デジタルリテラシー」、つまりデジタルを使いこなすための知識やスキルが不足している人々。こういった様々な要因によって、学びの機会において大きな不公平が生じてしまうことがあるのです。皮肉なことに、誰もがアクセスできるはずのデジタルの世界が、かえって「新しい種類の学べない人」を生み出してしまう可能性を秘めているというのは、なんとも複雑な気持ちにさせられますね。

 さらに、私たちはもう一つの、ある意味でより根深い問題に直面しているかもしれません。それは、情報があまりにも過剰に、洪水のように押し寄せる現代において、「学ばない人」、あるいは「学びから距離を置いてしまう人」の割合が、かえって増えているのではないか、という懸念です。考えてみれば、選択肢が多すぎると、人間はかえって動けなくなってしまうことがありますよね。まるで、巨大な本屋さんで、どの本を手に取ればいいのか分からなくなってしまうように、オンライン上には膨大な量の情報や学びの機会が溢れていて、一体どれを選べば自分にとって本当に役立つのか、どこに集中すればいいのか、途方に暮れてしまう人がいてもおかしくありません。あまりに多くの情報源、あまりに多くのテーマに触れられるがゆえに、かえって集中力が散漫になり、結局何も身につかないまま時間だけが過ぎていく…そんな経験、もしかしたらあなたにも心当たりがあるのではないでしょうか。

 だからこそ、現代の学習者、つまり私たち一人ひとりには、これまで以上に高度な能力が求められているのだと痛感します。インターネット上に転がる、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の情報の中から、「これは正しい情報なのか?」「信頼できる情報源なのか?」ということを、自分自身の頭でしっかり見極める力、すなわち「批判的思考力」が不可欠です。誰かが言っていることを鵜呑みにするのではなく、「なぜそう言えるのだろう?」「他に違う意見はないだろうか?」と問い直す姿勢が大切なのです。残念ながら、クリック一つで簡単に拡散されてしまう嘘の情報や、意図的に作られたフェイクニュースが、私たちの学びの質を著しく脅かす新たな問題として、常に潜んでいます。私たちは、そうした情報に惑わされることなく、真実を見抜く目を養う必要があるのです。

 そして、もう一つ、私たちが注意しなければならない現象があります。それは、インターネットの検索エンジンやSNSなどが採用している「アルゴリズム」という仕組み、つまり私たちが普段どういう情報に興味を持っているかを機械が判断し、それに基づいて「あなたにおすすめの」情報ばかりを表示するようになる「フィルターバブル」という現象です。これは、一見便利そうに見えますが、その結果、私たちは知らず知らずのうちに、自分と同じ意見や視点ばかりに囲まれ、異なる考え方や多様な価値観に触れる機会がどんどん減ってしまう可能性があるのです。自分が見たいもの、聞きたいことばかりを見聞きしていると、思考が偏り、視野が狭くなってしまう危険性があるわけです。これは、学びの多様性や深みを阻害する、非常に大きな課題だと言えるでしょう。

 つまるところ、現代の学びにおける課題というのは、単に「どれだけ多くの知識や情報にアクセスできるか」という量的な問題だけでは語りきれません。むしろ、「どんな質の情報に触れ、それをどう解釈し、どう活用していくか」という、質的な側面が非常に重要になってきているのです。私たちは、情報の海の中で溺れることなく、その波を乗りこなす知恵を持つこと。そして、与えられた情報をただ受け入れるだけでなく、それを批判的に吟味し、自分自身の頭で深く考え、最終的に「これは正しい」と判断する力を育むこと。これこそが、このデジタル時代を賢く生き抜く上で、本当に、本当に大切なことなのではないでしょうか。学びの進化は、私たちに常に新しい課題を投げかけている、そんな風に感じています。