具体例8:確証バイアスを考慮した情報提供方法

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人は自分の既存の信念を支持する情報を好む傾向があります(確証バイアス)。この心理的特性により、私たちは自分の考えに合う情報に注目し、それに反する情報を無視したり軽視したりする傾向があります。カーネギーメロン大学の研究(2015年)によれば、政治的見解が異なる2つのニュース記事を読んだ際、被験者の77%が自分の意見に合う記事をより「信頼できる」と評価しました。確証バイアスは特に健康、政治、宗教などの分野で顕著に現れ、コロナ禍ではこのバイアスが健康情報の受容に大きく影響したことがWHOの調査で明らかになっています。

確証バイアスが生じる認知的メカニズムとしては、選択的注意(自分の信念に合う情報だけに注目する)、選択的解釈(曖昧な情報を自分の信念に合うように解釈する)、選択的記憶(自分の信念を支持する情報をより良く記憶する)という3つの主要なプロセスがあります。スタンフォード大学の認知心理学研究(2019年)では、政治的立場の異なる情報に接した際の脳活動を測定し、矛盾する情報に接すると前頭前皮質の活動が低下し、批判的思考能力が一時的に阻害されることが示されました。これらのプロセスは通常無意識に行われ、自分自身では気づきにくいものです。

健康情報の提供では、単に正しい情報を伝えるだけでなく、対象者の既存の信念を尊重しながら新しい情報を加えていくアプローチが効果的です。メイヨークリニックの喫煙者向け禁煙プログラムでは、「喫煙があなたにもたらすリラックス効果は確かに存在します。同時に、それには依存性という代償があります」といった形で既存の信念を認めつつ新情報を提供する手法を採用し、従来のアプローチと比較して23%高い成功率を達成しました。ワクチン接種に対して懸念を持つ親への情報提供でも、ハーバード公衆衛生大学院の研究(2021年)によれば、「あなたのお子さんを守りたいという気持ちは当然です。その上で、このデータをご覧ください」というアプローチが、単なるデータ提示より42%高い情報受容率をもたらしました。

また、複数の視点からの情報提供も、確証バイアスの影響を減らすのに役立ちます。アマゾンのプロダクトマネジメントチームでは、新機能の検討時に「プリモートム(事前検死)」と呼ばれる手法を用いています。これは新アイデアに対して「もしこれが失敗したら、なぜ失敗したか」を先に複数の視点から想定するもので、初期の楽観バイアスを相殺する効果があります。医療分野では、メルボルン大学医学部が開発した「マトリックス意思決定支援ツール」が導入され、患者が治療法を選択する際に6つの異なる視点(効果、副作用、生活への影響、コスト、家族への影響、長期的見通し)から情報を整理できるようにすることで、より包括的な意思決定を支援しています。この手法を導入した病院では、治療後の「意思決定への満足度」が34%向上したというデータもあります。

教育現場では、生徒に異なる立場からの議論を考えさせる「反対側の立場に立つ」エクササイズが確証バイアスの緩和に効果的です。スタンフォード大学の中等教育プログラムでは、政治的トピックについて議論する前に「反対意見マッピング」という手法を導入し、自分と反対の立場の最も強力な3つの論点を記述させています。この手法を取り入れたクラスでは、批判的思考スキルの評価が平均17%向上しました。医療専門家の間でも、診断プロセスにおける確証バイアスを減らすために、初期診断後に「診断バスケット法」が用いられています。これは初期診断の後に「この症状を説明できる他の可能性はあるか」を最低3つ列挙する方法で、ジョンズ・ホプキンス病院での導入後、診断の見落とし率が31%減少したことが報告されています。

実践的なアプローチとしては、NHKの健康番組制作チームが採用した「橋渡しフレーミング」が注目されています。これは「これはあなたの考えを否定するものではなく、新たな視点を加えるものです」という言葉を明示的に使うことで、視聴者の防衛反応を減らす手法です。2022年の視聴者調査では、この手法を用いた番組は従来の解説型番組と比較して、「新しい健康習慣を試したい」という意向が56%高く測定されました。また、厚生労働省の健康啓発キャンペーンでは、一方的な情報提供ではなく「健康クエスチョンナビ」というインタラクティブツールを開発し、利用者の既存知識や関心に基づいてパーソナライズされた情報提供を行うことで、従来の手法と比較して情報の閲覧完了率が2.7倍に向上しました。さらに、国立がん研究センターでは、がん検診の必要性を伝える際に統計データだけでなく、実際の患者のストーリーを併用することで、特に感情的要素を重視する層への訴求力を高め、検診率が12.3%向上したという成果を上げています。

最終的に、確証バイアスを考慮した情報提供では、「正しい情報を提供する」という目標だけでなく、「情報が実際に受け入れられ、行動変容につながる」ことを重視する必要があります。京都大学と電通が共同開発した「共感型リスクコミュニケーションフレームワーク」では、情報提供の4段階(①関心の獲得、②共感の形成、③情報提供、④行動提案)を明確に区別し、特に①と②の段階に十分な時間をかけることで、最終的な行動変容率が従来の2.4倍になったと報告されています。このように、対象者の心理的特性や社会的文脈を深く理解し、それに配慮したコミュニケーション戦略を設計することが、特に健康や環境問題など社会的に重要な分野での情報提供において不可欠になっているのです。