9. キャリアの見通しが立てにくい:実例
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目標を見失った事例
菊池さん(24歳)は大手メーカーの営業職として入社しましたが、日々の数値目標に追われる中で「なぜこの仕事をしているのか」という根本的な疑問を感じるようになりました。大学時代に描いていた「顧客の課題解決に貢献する」というイメージと、現実のノルマ達成を中心とした業務の間にギャップを感じていたのです。営業成績は悪くなかったものの、毎日同じような商談の繰り返しに充実感を見いだせず、徐々にモチベーションが低下していきました。休日も仕事のことを考えると憂鬱になり、日曜の夜になると強い不安感に襲われるようになっていました。上司に相談したところ「若いうちは考えず、とにかく経験を積むことが大事」と一般論で返されただけで、さらにモチベーションが低下。同期の多くは「とりあえず3年は頑張ろう」と言いながらも、菊池さんには将来のビジョンが見えず、社内での居場所がないように感じ、入社1年目にもかかわらず、転職エージェントに登録する段階まで来ていました。
転機となったのは、同期の誘いで参加した社外のビジネスコミュニティでした。最初は気乗りしなかったものの、「気分転換になるかも」と軽い気持ちで参加したそのイベントで、菊池さんは様々な業界の若手社員や起業家との対話を通じて、「キャリアは自分で創るもの」という考え方に触れたのです。そこでの会話は会社の枠を超えて、「自分は何のために働くのか」「どんな価値を社会に提供したいのか」といった本質的な問いに焦点が当てられており、菊池さんにとって新鮮な刺激となりました。特に印象的だったのは、似たような悩みを経験した5歳年上の先輩との出会いでした。その先輩は大手企業から中小企業に転職した経験を持ち、「会社の看板ではなく、自分が提供できる価値は何かを考えることが大切」とアドバイスをくれました。「会社は自分のスキルを磨くための一つの場所に過ぎない。大切なのは、その環境で自分がどう成長し、どんな価値を生み出せるかを考えること」という言葉が、菊池さんの視点を大きく変えるきっかけとなったのです。このコミュニティでの経験を通じて、菊池さんは多様なキャリアパスに触れ、自分のビジョンを考え直すきっかけを得ました。
新たな視点を得た菊池さんは、自分の会社での立ち位置を見直すことにしました。まず、自分が最もやりがいを感じる瞬間を振り返ってみると、それは顧客の潜在的なニーズを見つけ出し、適切な提案ができたときだということに気づきました。単なる「売り込み」ではなく、「価値提供」の観点から営業活動を捉え直すと、日々の業務に新たな意味を見出せるようになりました。また、常々感じていた「製品がもっとこうだったら売れるのに」という思いを具体的な提案にまとめ、社内公募で応募した製品改善提案を行うプロジェクトに週の20%の時間を使って参加することになりました。このプロジェクトでは、営業として得た顧客の声を製品開発チームに伝え、より使いやすい製品づくりに貢献する役割を担当。顧客と製品開発の架け橋となる役割にやりがいを見出し始めたのです。プロジェクトでの提案がいくつか実際の製品改良に採用されると、菊池さんの社内での評価も高まり、自信を取り戻すきっかけとなりました。「数字だけを追うのではなく、顧客の声を製品に反映させるプロセスに関わることで、自分の存在意義を実感できるようになった」と語る菊池さん。当初は辞めることしか考えていなかった会社でも、自ら新しい役割を見つけることで状況を変えられることを実感しています。「大切なのは環境のせいにするのではなく、自分にできることから変えていく姿勢だった」と振り返っています。今では部署内で「顧客インサイト」をテーマにした勉強会を主催し、同僚との新たなつながりも生まれています。「キャリアの見通しは誰かに与えられるものではなく、日々の行動と選択を通じて自分で切り開いていくもの。その過程で大切なのは、自分の価値観に正直であることと、新しい可能性に対してオープンでいることだと学びました」と菊池さんは語ります。
技術変化への不安
山本さん(23歳)は大手IT企業のサポート部門に配属されましたが、日々のニュースで取り上げられるAIの発展により「自分の仕事は将来なくなるのでは」という強い不安を抱えていました。IT業界を志望した理由の一つは「将来性がある」と考えたからでしたが、皮肉にもその業界の変化の速さが、今では彼の不安の源になっていたのです。入社後わずか3ヶ月で、業務の一部が自動応答システムに置き換えられる様子を目の当たりにし、「このままでは自分の居場所がなくなる」と夜も眠れないほど将来に不安を感じていたといいます。チームの業務量が減る中で、次の組織再編では人員削減もあるのではという噂も耳にし、毎日不安な気持ちで出社していました。残業時間が減ることは表面上は良いことのはずですが、山本さんにとっては「自分の仕事が減っている証拠」と感じられ、さらに不安を強めていました。「大学時代に学んだことも、入社してからのトレーニングも、数年後には全く役に立たなくなるのではないか」と、将来への漠然とした恐れが日に日に大きくなっていったのです。同期入社の仲間にこの不安を打ち明けても、「AIに仕事を奪われるなんて考えすぎだよ」と軽く受け流されるだけで、真剣に話を聞いてもらえないもどかしさも感じていました。
そんな山本さんに転機が訪れたのは、部門の再編で新しい上司が着任したときでした。キャリア20年のベテラン社員だったその上司は、初めての一対一の面談で「最近どう?何か悩みはある?」と率直に質問してくれました。普段は愚痴を言うことを避けていた山本さんでしたが、この質問をきっかけに、長い間胸に溜めていた技術革新への不安を正直に打ち明けることにしました。予想に反して上司は彼の話を真剣に聞き、「その不安、私もずっと抱えてきたよ」と意外な反応を示したのです。上司は自身も数度の技術革新を経験してきた中で、その都度新しいスキルを獲得して乗り越えてきた具体的なエピソードを共有してくれました。「私が新人だった頃はクライアントサーバーシステムからWebへの移行期で、当時はプログラミングスキルがまったく違うものになると不安だった。クラウドが登場したときも同じ不安を感じた。でも結局、根本的なITの知識と問題解決能力があれば、新しい技術も習得できるんだ。技術は変わっても、人の役割も変化するだけ。大切なのは変化に対応し続けること」というアドバイスは、山本さんに大きな安心感を与えました。
この会話をきっかけに山本さんは「AIと共存するスキル」を意識的に磨く方向に考え方を転換します。まず、社内の学習プラットフォームを活用して最新のAI技術に関する基礎知識を学び始めました。自動応答システムが苦手とする複雑な問題や、感情的なサポートが必要なケースに特に注力するようになり、「人間にしかできないサポート」の価値を再認識するようになったのです。また、顧客との対話の中で、システムでは対応できない複雑な問題や感情的側面の重要性に気づき、「人間にしかできないコミュニケーション」の価値を再確認。単なる技術的な回答だけでなく、顧客の感情や背景を理解した上でのサポートを心がけるようになりました。さらに、上司の勧めで社内の「AI活用勉強会」にも参加し始め、同じような不安を抱える他部署のメンバーとのつながりもできました。技術トレンドを追いながら、人間にしかできない価値提供を模索するようになりました。週に一度の「テクノロジートレンド」の情報共有会を自ら提案し、チーム内での技術知識の向上にも貢献するようになりました。
周囲からの評価も高まり、現在は、部門内で立ち上がったAIサポートツールの導入プロジェクトに自ら手を挙げて参加。顧客視点を活かしてAIの限界を補完する仕組みづくりに貢献しています。具体的には、AIが適切に回答できなかった事例を収集・分析し、システムの改善点を提案したり、AIと人間のハンドオーバーがスムーズに行われるためのワークフローを設計したりといった役割を担当。当初は「自分の仕事を奪う敵」と考えていたAIが、今では自分のキャリアを広げるきっかけになっているという皮肉な展開に、山本さん自身も驚いています。「最初は脅威だと感じていたテクノロジーが、今では自分のキャリアを広げるツールになっています。技術の変化を恐れるのではなく、それをどう活用するかを考えるマインドセットが重要だと学びました」と山本さんは話します。テクノロジーの変化を脅威ではなくチャンスと捉える視点を得たことで、将来のキャリアに対する不安も大幅に軽減されたといいます。「変化は避けられないものですが、それに対する自分の姿勢は選べることに気づきました。常に学び続け、変化に適応する柔軟性を持つことが、これからのキャリアでは最も重要なスキルなのかもしれません」と山本さんは振り返ります。最近では同期入社の仲間からも技術動向について相談されることが増え、「変化への適応力」という新たな強みを認識し始めています。
ロールモデル不在の悩み
田辺さん(25歳)は研究開発部門で唯一の女性社員として、将来のキャリアイメージが描けずにいました。理系大学を卒業後、「最先端の技術開発に携わりたい」という強い思いでこの企業を選んだ田辺さん。入社時は「最先端の研究に携われる」という期待に胸を膨らませていましたが、周囲は全て男性社員で、しかも多くが単身赴任や海外転勤を経験してキャリアを築いてきた人ばかり。勤務時間も不規則で、深夜まで実験を続けることも珍しくありませんでした。技術的な指導は丁寧に受けられるものの、キャリアの相談となると適切なアドバイスが得られませんでした。「結婚や出産も考えたい自分が、この会社でキャリアを続けるイメージが湧かない」と悩む日々が続き、研究自体は面白いと感じながらも、半年後には転職エージェントに登録までしていました。同期入社の女性社員は他部門に配属されており、研究開発部門特有の課題について相談できる相手がいないことも、孤独感を強めていました。「このまま続けても、将来の自分の姿が想像できない。誰かに相談したくても、似た立場の先輩がいない」という孤独感も強かったといいます。親しくなった先輩男性社員に悩みを打ち明けたこともありましたが、「そういう問題は女性にしかわからないから…」と言われてしまい、さらに孤立感を深めることになりました。
変化のきっかけとなったのは、人事部が主催する「社外メンタリングプログラム」の存在を知ったことでした。社内報の小さな記事で紹介されていたこのプログラムは、社内にロールモデルがいない社員と、社外の経験豊富な専門家をマッチングするものでした。田辺さんは迷わず応募し、同業他社で研究職から管理職へとキャリアチェンジした女性メンターとの月1回のセッションが始まりました。初回のミーティングで、メンターは田辺さんの悩みに対して「あなたが感じている不安は、私も同じように経験してきたものよ」と共感を示してくれました。「ロールモデルがいない環境は確かに大変だけど、それはあなたが新しい道を切り開くチャンスでもある」という言葉は、田辺さんの考え方を大きく変えるきっかけとなりました。メンターとの対話を通じて、「家庭と仕事の両立」「男性中心の組織での存在感の出し方」「長期的なキャリア構築の考え方」など、具体的なアドバイスを得られただけでなく、様々な立場の女性リーダーを紹介してもらえたことで、多様なキャリアパスの可能性を知り、自分なりの道を模索するようになりました。「キャリアを諦めずに家庭も大切にしている先輩がこんなにいるのか」という発見は、田辺さんに大きな安心感と自信を与えました。
また、メンターからの「あなたと同じ悩みを持つ人は社内にもいるはず」というアドバイスを受け、社内でも女性社員のネットワーク構築を人事部に提案しました。最初は勇気がいる行動でしたが、「変化を望むなら自分から動くしかない」と決意したのです。当初は「女性が少なすぎて意味がない」と消極的だった人事部でしたが、田辺さんが粘り強く「だからこそ横のつながりが重要」と訴え続けた結果、最終的に経営層の賛同を得て「Women in Innovation」という社内コミュニティを立ち上げることに成功しました。始めるにあたっては、メンターから紹介された他社の女性ネットワークの運営者からアドバイスをもらい、具体的な活動計画を練り上げました。月1回のランチミーティングからスタートしたこの取り組みは、やがて他部署の女性社員や管理職の関心も集め、会社全体のダイバーシティ推進の象徴的な活動に発展しています。初回は5人しか集まらなかったミーティングも、今では30人以上が参加する重要なネットワーキングの場になりました。さらに嬉しいことに、この活動がきっかけとなり、会社全体のワークライフバランス改善や育児支援制度の拡充など、組織文化の変革にもつながっています。研究開発部門でも、柔軟な勤務時間や在宅勤務制度が整備され始め、男性社員も含めた働き方の多様性が徐々に受け入れられるようになってきました。
「最初は不安でしかなかったロールモデル不在という状況が、今では自分がパイオニアになるチャンスだと捉えられるようになりました。ロールモデルがいないなら自分が新しい道を作ればいい、という考え方に変わったのです」と話す田辺さん。現在は研究職を続けながら、後輩女性のメンターとしても活躍。同じような悩みを持つ新入社員や他部署の女性社員のサポートを積極的に行い、「自分がかつて欲しかったロールモデルになる」という新たな使命感も生まれました。「キャリアの不安は、同じ悩みを持つ仲間と共有し、外部の視点も取り入れることで、新たな可能性に変えられる」と実感しています。また最近では、経営層からの評価も高まり、次世代リーダー育成プログラムにも選出されるなど、自身のキャリアも加速度的に発展しています。女性活躍推進担当の役員から「あなたの行動が会社を変え始めている」と言われたことが、最大の自信につながったといいます。「最初は自分のことで精一杯だったのに、気づいたら組織を変える側になっていた」と、田辺さんは苦笑いします。そして、自らの経験をもとに、後輩たちに「自分の可能性を狭めないこと。周囲の期待や前例に縛られず、自分が本当にやりたいキャリアを追求する勇気を持つこと」とアドバイスしています。「ロールモデルがいないことは、最初は不安かもしれませんが、それは新しい道を創り出す自由でもあるんです」と田辺さんは力強く語ります。
専門性の方向性に迷う悩み
中村さん(26歳)は大手商社の総合職として入社し、研修制度が充実している環境で幅広い業務を経験できる反面、「自分の専門性は何なのか」という根本的な悩みを抱えていました。もともと「様々な経験を積める」という点に惹かれて商社を志望した中村さんでしたが、実際に多様な業務を経験してみると、逆に自分のキャリアの方向性が見えにくくなるというジレンマに直面したのです。入社3年目で2度の部署異動を経験し、営業、マーケティング、海外事業と様々な分野を経験できたことはスキルの幅を広げる上では良かったものの、「何か一つのことを極めていない」という焦りも感じていました。大学時代の友人たちは会計士やエンジニア、コンサルタントなど、明確な専門性を持つ職業に就いており、彼らとの会話で「自分は何の専門家なんだろう?」という疑問が頭をよぎるようになりました。同期が次々と特定分野でのキャリア構築を始める中、自分だけが「何者でもない」という焦りを感じていたといいます。上司との面談でこの悩みを打ち明けても「若いうちは色々経験した方がいい」と言われるだけで、具体的なキャリアパスのイメージが湧かないまま日々の業務をこなしていました。「このまま様々な部署を転々とするだけで、結局、中途半端な知識しか身につかないのではないか」という不安が日に日に大きくなっていったのです。
転機となったのは、社内報で連載されていた「各部門のプロフェッショナルインタビュー」を読んだことでした。特に印象に残ったのは、現在プロジェクトファイナンス部門のエキスパートとして活躍している先輩のインタビュー記事でした。その先輩も最初の5年間は様々な部署を経験し、一時は中村さんと同じような悩みを抱えていたと語っていたのです。「自分だけじゃないんだ」という安心感を得た中村さんは、その記事に登場した先輩に直接コンタクトを取ってみることにしました。初めは緊張しましたが、「キャリアの悩みについて話を聞かせてください」と率直にメールしたところ、快く30分のコーヒーミーティングの時間を作ってくれました。その会話の中で、様々な部署を経験した後に特定分野のエキスパートになった先輩社員や、むしろ多様な経験を強みにしてプロジェクトマネージャーとして活躍している社員など、多様なキャリアパスが存在することを知りました。「キャリアに唯一の正解はない。重要なのは自分の強みと興味が重なる領域を見つけること」というアドバイスは、中村さんの視野を大きく広げました。「自分のキャリアに正解はないのかもしれない」と考えるようになった中村さんは、この出会いをきっかけに、社内の様々な部署の中堅・ベテラン社員に声をかけ、「キャリア相談会」を自ら企画。昼休みや就業後の時間を利用して、月に1-2人のペースで各分野のプロフェッショナルがどのようにキャリアを築いてきたかをインタビューしていきました。最初は個人的な学びのためでしたが、やがて同じような悩みを持つ同期や後輩も誘うようになり、小さなコミュニティが形成されていきました。
この活動を通じて中村さんが発見したのは、「専門性は一朝一夜に身につくものではない」という現実と、「回り道に見える経験が後に大きな強みになることがある」という事実でした。多くの先輩が「30代前半までは様々な経験を通じて自分の適性を見極める時期」と位置づけていたことも、中村さんに安心感を与えました。特に印象的だったのは、現在海外事業部の部長を務める先輩のアドバイスでした。「私は35歳までは自分の専門性に確信が持てなかった。でも振り返れば、様々な部署での経験が今の自分を作っている。焦らず、でも意識的に学び続けることが大切だ」というメッセージに、大きな励みを感じたといいます。また、別の先輩からは「専門性の価値は時代とともに変わる。大切なのは、変化に適応する力と、自分自身の『軸』を持つこと」というアドバイスももらいました。これらの対話を通じて、中村さんは「専門性」の捉え方そのものを見直すようになりました。特定の業務知識やスキルだけでなく、「多様な視点を持ち、異なる分野をつなげる力」も重要な専門性の一つであることに気づいたのです。
この気づきから、中村さんは自分の適性を見極めるため、半年ごとに「スキル棚卸し」を行い、強みと興味の接点を探る習慣をつけるようになりました。具体的には、エクセルシートに「得意なこと」「苦手なこと」「楽しいと感じる業務」「身につけたいスキル」などを書き出し、定期的に更新して自己理解を深める取り組みです。さらに、自分が関わった各プロジェクトで「最も充実感を感じた瞬間」を記録する「ピークモーメント日記」も始めました。これにより、数字を分析することと、その結果を人にわかりやすく伝えることに特に喜びを感じる自分に気づいたといいます。また、社内の公募プロジェクトにも積極的に応募し、自分が本当に情熱を持てる分野を探索する姿勢を持つようになりました。特に、複数部門が協力して進める新規事業開発プロジェクトに参加した経験は、「様々な専門性を持つ人をつなぐ役割」に自分の適性があることを発見する重要な機会となりました。異なるバックグラウンドを持つメンバー間のコミュニケーションを円滑にすることで、プロジェクトの進行に大きく貢献できたことが自信につながったのです。
現在の中村さんは、「焦らず、でも意識的に経験を積み重ねる」というアプローチで、複数の分野に精通したゼネラリストとしての価値を高めています。「以前は専門性がないことにコンプレックスを感じていましたが、今は『多様な視点を持つこと』こそが自分の強みだと認識しています。どんな環境でも適応できる柔軟性と、異なる領域をつなげる視点が私のキャリアの軸になっていくと思います」と語ります。最近では社内の部門横断プロジェクトでその調整力を評価され、若手ながらサブリーダーに抜擢されるなど、「何者でもない」という不安が、「多様な経験を持つゼネラリスト」という強みに変わりつつあります。また、キャリア相談会の活動は社内公認のプログラムへと発展し、若手社員のキャリア開発を支援する重要な取り組みとして評価されるようになりました。「自分の悩みから始まった活動が、組織全体に価値を提供できるようになったことが、最大の喜び」と中村さんは語ります。そして後輩たちには「キャリアは直線的に進むものではなく、試行錯誤の連続。大切なのは、その過程で自分自身の価値観や強みを深く理解していくこと」とアドバイスしています。「専門性がないと感じて悩んでいる方へ。それは、あなたがまだ自分の可能性を探求している途中だというだけ。焦らず、でも意識的に様々な経験から学び、自分の道を見つけていってください」と、自らの経験に基づいたメッセージを発信しています。
これらの事例からわかるように、キャリアの不透明感は多くの新入社員が直面する普遍的な課題です。キャリアの見通しが立たないという悩みは、決して特別なものではなく、変化の激しい現代社会では避けて通れない現実です。実際、日本労働研究機構の調査によれば、入社3年以内の若手社員の約70%が「将来のキャリアに不安を感じている」と回答しており、この悩みがいかに一般的なものであるかがわかります。不安の背景は人それぞれですが、上記の事例に見られるように、目標の喪失、技術変化への適応、ロールモデルの不在、専門性の方向性など、様々な要因が複雑に絡み合っています。
しかし、これらの若手社員の経験が示すように、外部の視点を積極的に取り入れたり、先輩社員との対話の機会を作ったり、自分自身の価値観と向き合ったりすることで、少しずつ自分なりの方向性を見出していくことができます。注目すべきは、彼らが単に時間の経過を待っていたわけではなく、積極的に自分の状況を変えるための行動を起こしたという点です。社外コミュニティへの参加、メンタリングプログラムの活用、社内ネットワークの構築、キャリア相談会の企画など、それぞれが「現状を変えるための一歩」を踏み出していました。
共通して見られるのは、「誰かに答えを与えてもらう」のではなく、自ら行動を起こして情報収集や人脈構築を行い、主体的に状況を変えていった点です。また、最初から明確なゴールを設定するのではなく、小さな「実験」や「挑戦」を通じて自分の適性や可能性を探っていくアプローチも効果的でした。菊池さんの製品改善プロジェクト参加、山本さんのAIツール導入プロジェクト、田辺さんの女性ネットワーク構築、中村さんのキャリア相談会企画など、彼らは自分の関心に基づいた「小さな実験」を通じて、新たな可能性を見出していったのです。
また、自己理解の深化も重要な要素として浮かび上がります。自分が何に価値を感じるのか、どのような状況で充実感を得られるのか、どんな強みを持っているのかといった内省的な問いに向き合うことで、外部環境の不確実性に左右されない、自分なりのキャリアの軸を見出すことができています。中村さんの「スキル棚卸し」や「ピークモーメント日記」のような具体的な取り組みは、自己理解を深めるための効果的なツールといえるでしょう。
重要なのは、不安を抱えているのは自分だけではないと理解し、その不安を隠すのではなく、適切な相手に打ち明け、積極的に行動を起こすことです。また、一度決めた方向性も状況や自己理解の深まりによって変化することは自然なプロセスだということを受け入れることも大切です。キャリアは直線的に進むものではなく、時には遠回りや試行錯誤を経ながら徐々に形作られていくものなのです。「正解」を求めるのではなく、自分にとっての「納得解」を探していく姿勢が、不確実性の高い現代のキャリア形成には欠かせません。
そして、これらの事例に共通するもう一つの要素は「他者とのつながり」の重要性です。社内外のメンターや同じ悩みを持つ仲間との対話が、新たな視点や可能性をもたらしています。孤独に悩むのではなく、信頼できるネットワークを構築し、多様な視点からアドバイスを得ることが、キャリアの不透明感を乗り越える大きな力になるのです。田辺さんが社外メンターとの出会いをきっかけに自信を取り戻したように、私たちは他者との関わりの中で自分自身の可能性に気づくことがあります。「一人で考え込む」のではなく、「対話を通じて考える」ことの重要性が、これらの事例からは読み取れます。
このような取り組みは、単に個人のキャリア満足度を高めるだけでなく、組織全体にとっても価値があります。田辺さんの「Women in Innovation」や中村さんの「キャリア相談会」のように、個人の悩みから始まった活動が、やがて組織文化の変革や人材育成の取り組みへと発展していくケースも少なくありません。一人ひとりが自分のキャリアに主体的に向き合い、周囲を巻き込みながら変化を生み出していくことで、組織全体の活性化にもつながるのです。
キャリアの見通しが立たないと感じる時、まずは「それは当然のこと」と受け止め、不安と向き合いながらも、小さな一歩を踏み出す勇気を持ちましょう。完璧な計画がなくても、好奇心と学習意欲を持って様々な可能性に挑戦し続けることで、徐々に自分らしいキャリアの形が見えてくるはずです。重要なのは、他者の評価や一般的な成功の定義ではなく、自分自身が「充実している」と感じられるキャリアを追求することなのです。