第6章:56の能力体系の全体像を深く理解する
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これからの社会で活躍できる人を育てるため、「未来人材ビジョン」という考え方が、全部で56種類もの力を整理して示しています。これはただの能力リストではありません。まるで私たちの体が、いろんな臓器で動いているように、人がバランスよく成長するための大切な「地図」のようなものです。
この章では、その56種類の力が、どうやって6つの大きなグループ(カテゴリー)に分けられているのかを、わかりやすく、具体的な例を交えて見ていきましょう。
この考え方をしっかり理解することは、一人ひとりが「どう成長したいか」を見つけるためにも、会社が「どう人を育てていくか」という戦略を立てる上でもとても大切です。それぞれのグループは別々に見えますが、実は深くつながり、お互いを支え合っています。それぞれの力がどんな風に働いて、私たちの仕事や暮らしにどう役立つのか、じっくり考えていきましょう。
コンテンツ
1. 意識・行動面
これは、私たちが仕事や日々の生活を送る上で、「どんな気持ちでいるか」や「どんな行動を習慣にしているか」を表すものです。たとえば、新しいことに積極的に挑戦する「やる気」、自分の仕事を最後まで責任を持ってやり遂げる「まじめさ」、チームの仲間と協力して目標を達成する「協調性」などが含まれます。
具体的には、
- 「これ、やってみませんか?」と自分から提案する気持ち
- 難しい問題にぶつかっても「なんとか解決しよう」とあきらめない姿勢
- 違う意見を持つ人とも、建設的に話し合える態度
といった、毎日の仕事の中で自然と出てくる、人間らしい強みがここに分類されます。技術や知識を学ぶのと同じくらい、いや、それ以上に、この「意識・行動面」が未来を切り開く人の土台になるのです。
2. ビジネス力
ビジネス力とは、実際に「結果を出すため」に必要な、いろんな能力のことです。世の中の変化をいち早く感じ取り、まだ誰も気づいていない問題を見つける「問題を見つける力」、その問題をどう解決するか、先を見通して計画を立てる「戦略を立てる力」が求められます。
たとえば、
- 「なぜお客様はここに不満を感じるのだろう?」と深く掘り下げ、本当に求めていることを見つけること
- 「5年後、10年後を見据えて、今何をするべきか?」と先の計画を立てること
- 違う立場の相手と、お互いが納得できる答えを導き出す「交渉力」
- 限られた時間や資源の中で、最高の成果を出すための「プロジェクトを進める力」
などが含まれます。これらは、ただ知識があるだけでなく、それを「実際に使う」ことで仕事を前に進める大切な力です。
3. 基礎的機能
これは、あらゆる学びや仕事の基本となる、まさに「体の土台」のようなものです。具体的には、文章を正確に読み、自分の考えをきちんと伝える「読み・書きの力」、数字を論理的に扱って計算する「計算する力」が含まれます。
さらに、
- たくさんの情報の中から必要なものを見つけて、整理する「情報を処理する力」
- 物事をいろんな角度から見て、論理的に考えて答えを導き出す「深く考える力」
- 目や耳など五感を使って周りの状況を把握し、適切に判断する「感覚・運動の機能」
なども大切です。これらがしっかりしていないと、どれだけ高度な知識やスキルを学んでも、それを十分に吸収したり、応用したりすることができません。スポーツ選手の体幹のように、見過ごされがちですが、非常に重要な土台となる力なのです。
4. スキル
スキルとは、特定の目標を達成するために身につけた「技術」や「やり方」のことです。たとえば、新しい情報を効率的に学び、知識を常に新しくし続ける「学習するスキル」、自分の意見をはっきり伝え、相手の言いたいことを正確に理解する「コミュニケーションのスキル」は、どんな仕事でも欠かせません。
また、
- データを分析するツールを使いこなす「技術的なスキル」(例:Excelやプログラミング言語を使うこと)
- チームをまとめ、目標達成に導く「リーダーシップ」
- 自分や他人の感情を理解し、うまく付き合う「EQ(心の知能指数)」
- 変化の激しい状況でも柔軟に対応できる「順応する力」
などもスキルに含まれます。これらは、日々の仕事を通じて磨かれ、実際に使うことでその真価を発揮する、まさに「手に職」のようなものなのです。
5. 知識
知識とは、特定の分野における「情報」や「理解」が集まったものです。科学技術の進歩は目覚ましく、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といった最新の動きを理解する「科学・技術に関する知識」は、多くの業界で必須になりつつあります。
加えて、
- 会社の経営戦略やお金の流れを理解する「ビジネス・経営に関する知識」
- 違う国や文化を持つ人たちとスムーズに交流するための「外国語の力」や「異文化を理解する力」
- 特定の業界や仕事に特化した「専門知識」(例:法律、医療、マーケティングなど)
なども含まれます。知識は、私たちが世の中を理解し、問題解決のヒントを見つけるための「道具箱」のようなものです。常に学び続け、新しい情報に更新していく姿勢が求められます。
6. その他
このグループは、これまでの5つには収まらないけれど、これからの社会で活躍する人にとって非常に大切な「プラスアルファの価値」となる要素を含んでいます。たとえば、いろんな分野の人たちと信頼関係を築き、助け合える「人脈」、特定の分野での専門知識を証明する「資格」(例:中小企業診断士、TOEICの点数など)は、個人の可能性を広げます。
さらに、
- これまでの人生で身につけてきた「仕事ならではの経験」(例:海外での勤務経験、新しい事業を立ち上げた経験)
- 予期せぬ事態に直面しても、精神的な強さで乗り越える「レジリエンス(立ち直る力)」
- これまでの考え方にとらわれず、新しいアイデアを生み出す「創造性」
といった、その人ならではの個性やこれまでの積み重ねが光る要素がここに分類されます。これらは、その人の個性や経験が強く出る部分であり、他の能力をさらに輝かせるための「スパイス」のような役割を果たすのです。
この6つのグループは、それぞれがバラバラな箱ではなく、まるで複雑なパズルのピースのように、お互いにつながり、助け合っています。たとえば、素晴らしい「ビジネス力」を発揮するためには、土台となる「基礎的機能」とそれを使いこなす「スキル」が欠かせません。また、どれほどたくさんの「知識」を持っていても、それを実際に活かす「意識・行動面」の強さがなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。まるでオーケストラのいろんな楽器が協力して美しい音楽を奏でるように、これらの力がバランスよく働くことで、初めて本当の価値が生まれるのです。
だからこそ、人を育てることを考えるときは、特定の能力だけを見るのではなく、この6つのグループ全体を視野に入れて、バランスの取れた成長を促すことが何よりも大切になります。一人ひとりの個性や得意なことを最大限に活かしながら、同時に、少し苦手な部分やまだ伸ばせる力も意識して補っていく。このような、全体を見て多角的に育てるやり方こそが、変化の激しい未来において、どんな困難も乗り越え、新しい価値を生み出せる「本当に活躍できる人」を育むための鍵となるでしょう。次の章からは、いよいよ各グループの具体的な力について、さらに詳しく見ていきます。
クリティカルポイント:能力の「つながり」と「バランス」
「未来人材ビジョン」が示す56の力は、それぞれが独立したものと考えがちです。しかし、最も大切なのは、それぞれの力がどう連携し、お互いに影響し合って、人全体の力をつくり上げているかという点です。たとえば、高いプログラミングのスキル(スキル)があっても、チームでの協力が苦手(意識・行動面)であれば、大きなプロジェクトを成功させるのは難しいでしょう。また、素晴らしいアイデア(ビジネス力)があっても、それを形にするための基本的な考える力(基礎的機能)が足りなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。
この考え方の核心は、それぞれの力をバラバラに評価するのではなく、それらが「どう作用し合っているか」を理解し、個人や組織全体として「バランスの取れた成長」を目指すことにあります。一つひとつの力を高める努力はもちろん大切ですが、それらが統合されたときに生まれる相乗効果こそが、未来を切り開く本当の力となるのです。
反証・課題:能力の「細かすぎること」と「評価の難しさ」
56という具体的な力に細かく分けられた考え方は、一見するととてもわかりやすく、目標設定に役立つように見えます。しかし、一方で、このように細かく分けすぎると、「チェックリストを埋めるだけ」の育成になってしまう危険性も秘めています。
つまり、個々の項目を機械的にこなすだけで、本当にその人が本質的に成長しているのか、あるいは状況に合わせて柔軟に対応できる力が身についているのか、見失いがちになる可能性があるのです。また、特に「意識・行動面」のような内面的な力は、客観的に評価するのがとても難しいという問題も伴います。表面的な行動だけで「できた・できない」を判断するのではなく、その行動の背景にある気持ちや考え方まで深く理解しようとしなければ、本当の力を見極めることはできません。この考え方をうまく活用するためには、ただ項目をこなすだけでなく、能力同士の有機的なつながりを意識し、いろんな角度からその人の全体像を捉える「深く理解し、評価する姿勢」が常に求められるでしょう。

