第31章:新しい働き方「ジョブ型雇用」をスムーズに取り入れるには?

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 最近、「ジョブ型雇用」という言葉をよく耳にするようになりました。これは、今まで日本で一般的だった「メンバーシップ型雇用」とは違う考え方です。

 ジョブ型雇用では、「仕事の内容(ジョブ)」をはっきりと決めて、その仕事に一番合う人を配置します。評価や給料も、その「ジョブ」の価値に合わせて決める働き方です。

 海外では当たり前ですが、日本ではまだあまり知られていないかもしれません。しかし、世の中の状況がどんどん変わる中で、会社がより専門性を高め、早く事業を進めるために、このジョブ型雇用への注目が集まっています。

 ただ導入するだけでなく、皆さんの会社の文化や実際の状況に合わせて、どのように工夫して取り入れるかが、成功のカギとなります。まずは、その具体的な進め方を見ていきましょう。

ステップ1:職務記述書をていねいに作る

 ジョブ型雇用の基本となるのが、一つ一つの仕事を細かく書いた「職務記述書(ジョブディスクリプション)」です。

 この書類には、その仕事がどんな具体的な業務をするのか、目標を達成するためにどんなスキルや経験が必要か、どこまで責任を持つのか、そしてその仕事が会社全体の中でどんな役割を果たすのかをはっきり書きます。

 例えば、「マーケティングマネージャー」なら、「ネット広告の計画と実行」「市場の動きを分析する」「チームメンバーを育てる」といった具体的な仕事内容に加え、「年間売上目標〇〇円達成に貢献」「データ分析ツール(Google Analyticsなど)を使った経験」といったスキルも盛り込みます。

 この職務記述書があいまいだと、採用のミスマッチ(合わない人を採用してしまうこと)や、評価が不公平だと感じられる原因になることがあります。そのため、関係部署と密に協力しながら、時間をかけてていねいに作ることがとても大切です。

ステップ2:だれもが納得する評価のルールを作る

 次に大切なのは、作った職務記述書に基づいて、社員の仕事の成果を公平に評価するためのルールをはっきり決めることです。

 ジョブ型雇用では、「だれが何をしたか」ではなく、「その仕事で何を達成したか」が評価の基準になります。

 例えば、「営業職」であれば、ただ「お客様訪問数」だけでなく、「新しいお客様の獲得数」「契約の単価」「お客様満足度」など、仕事の成果に直接つながる、だれが見てもわかる基準を決めます。

 評価する人の個人的な意見をなくし、だれもが納得できる透明性の高いルールを作ることで、社員は自分の仕事をどう改善すれば評価が上がるのかがわかりやすくなり、やる気アップにもつながります。定期的にフィードバック(評価やアドバイス)をする機会も忘れてはいけません。

ステップ3:仕事の価値に見合う給料の仕組みを作る

 ジョブ型雇用の大きな特徴の一つが、「職務給」です。

 これは、年齢や会社で働いた年数ではなく、仕事の難しさ、専門性、世の中での価値、そして会社への貢献度に基づいて給料を決める仕組みです。

 例えば、AIエンジニアのような高い専門性が求められる仕事は、一般的な事務職と比べて、必要なスキルも高く、世の中での価値も高いため、より高い給料が設定されることが多いです。

 この給料の仕組みを作る際には、会社の中での仕事のバランスだけでなく、外の労働市場での給料の水準も参考にすることが必要です。社員が「自分の仕事の価値がちゃんと評価されている」と感じられるような、公正で納得できる給料の仕組みを目指しましょう。これにより、優秀な人材を集めたり、長く働いてもらったりすることにもつながります。

ステップ4:はっきりとしたキャリアの道筋を示す

 ジョブ型雇用では、社員一人ひとりが自分の専門分野を深め、特定の仕事でキャリア(仕事の経験)を築いていくことが期待されます。

 そのため、どんな仕事を経験すれば、どうスキルアップし、将来的にどんな専門家になれるのか、具体的な「キャリアパス」(仕事の道筋)を示すことが大切です。

 例えば、「ジュニアエンジニア」から「シニアエンジニア」、そして「リードエンジニア」や「プロジェクトマネージャー」へと仕事を変えながらレベルアップしていく道筋や、一つの専門分野を深く掘り下げていく「プロフェッショナルパス」など、たくさんの選択肢を社員に示すことで、社員が自分で自分のキャリアを考え、計画する手助けになります。

 はっきりとしたキャリアパスは、社員の成長したい気持ちを刺激し、会社へのやる気や愛着(エンゲージメント)を長く保つためにとても重要です。

 ここまで、ジョブ型雇用を取り入れるための主なステップを見てきました。日本の会社に根付いている「メンバーシップ型雇用」と、これから注目される「ジョブ型雇用」には、それぞれ違う特徴と良い点・悪い点があります。これらをよく理解した上で、自分の会社に合った選択をすることが大切です。

メンバーシップ型雇用(日本の一般的な雇用モデル)

特徴: 人が「会社(組織)」に属し、会社が人に仕事を割り当てていく考え方です。新卒で一斉に採用され、「総合職」として入社し、いろいろな部署を経験しながら会社の仕事全体を理解していくのが一般的です。

  • 採用: 特定の専門性を決めず、会社の将来を担う「可能性(ポテンシャル)」を重視した新卒の一斉採用が中心です。
  • 育成: 定期的な部署異動(ジョブローテーション)を通じて、幅広い仕事の経験と多角的な視点(いろいろな角度から物事を見る力)を養います。特定の専門家というよりは、何でもこなせるゼネラリストを育てるのが目的です。
  • 評価・給料: 年功序列(勤続年数が長いほど地位や給料が上がる制度)の考え方が強く、会社で働いた年数や年齢が評価や給料に影響しやすい傾向があります。定年まで会社で働き続けることを前提とした仕組みが多いです。
  • 意識: 会社への強い帰属意識(会社に仲間意識を持つこと)や、社員同士の連帯感(一体感)が生まれやすいと言われます。
  • 配置転換: 会社の都合や戦略に合わせて、柔軟に社員の配置を変えることができます。

メリット: 組織への忠誠心(会社を大切に思う気持ち)が育まれやすく、社員が幅広い仕事の知識を持つことで部署間の連携がスムーズになることがあります。長い目で見た人材育成が可能です。

デメリット: 特定の専門性が育ちにくい、評価のルールがあいまいになりやすい、個人のキャリアパス(仕事の道筋)が見えにくい、といった課題があります。変化の激しい現代においては、専門的な人材を確保するのが難しい場合もあります。

ジョブ型雇用(海外で一般的な雇用モデル)

特徴: 「仕事(ジョブ)」に人がつき、はっきりと決められた仕事に対して、その仕事ができる専門性を持った人を配置するという考え方です。

  • 採用: 特定の仕事に必要なスキルや経験を持つ人を、職種別に募集・採用します。すぐに活躍できる即戦力が重視されます。
  • 育成: 特定の専門分野を深く学び、その仕事におけるプロフェッショナル(専門家)を目指します。必要に応じて、専門スキルをさらに高めるための研修が提供されます。
  • 評価・給料: 仕事の難しさや世の中での価値、そしてその仕事での成果に基づいて評価され、給料が決まります(職務給・成果主義)。
  • 意識: 会社というより、自分の「仕事」や「専門性」への責任感が強く、自分で考えて主体的に働くことが期待されます。
  • キャリアパス: 仕事のレベルアップや、違う仕事への転換を通じて、専門性を高めるはっきりとしたキャリアパスが示されます。

メリット: 特定の分野での専門性が高まりやすく、成果に基づいた公正な評価、優秀な専門人材を集めやすいです。社員は自分のキャリアを自分で作りやすくなります。

デメリット: 会社全体の仕事の理解が浅くなる可能性、部署間の協力が難しくなる可能性、そして市場の変化に対応した柔軟な配置転換(社員の配置換え)がしにくい、といった点が挙げられます。また、会社への帰属意識(会社への仲間意識)が薄くなることも心配されることがあります。

 ジョブ型雇用を取り入れることは、単に人事の制度を変えるだけでなく、会社の文化や働き方全体に大きな変化をもたらすことになります。

 だからといって、全ての仕事に一律にジョブ型雇用を適用しようとすると、かえって混乱を招く可能性があります。

 実際には、高い専門性が求められるITエンジニア、研究開発職、海外ビジネスを担当する営業職などではジョブ型雇用がとても有効ですが、一方で、いろいろな業務を幅広くこなすゼネラリスト(何でもこなせる人)が必要な仕事や、部署間の協力が特に重要な部署では、従来のメンバーシップ型雇用の方が合っている場合もあります。

 そのため、それぞれの仕事の特徴や会社の戦略に合わせて、ジョブ型とメンバーシップ型を組み合わせた「ハイブリッドな運用」(良いとこ取りの運用)を考えることが、日本の会社にとっては賢いやり方と言えるでしょう。

 人事労務を担当される皆さんには、こうした国内外の事例や最近の傾向を参考にしながらも、あくまで自分の会社の文化や事業の独自性を理解した上で、一番合う雇用形態を設計する役割が期待されています。

 変化を恐れずに新しい働き方を取り入れつつも、日本の雇用が長く培ってきた良い部分(例えばチームワークや長い目で見た人材育成)は大切に残しながら、独自のモデルを創り出すことが重要です。

 大切なのは、社員一人ひとりが「この会社で、自分らしく輝ける」と感じられるような働き方を、会社と共に作っていくことです。そのためにも、社員とのていねいな話し合いを通じて、新しい制度への理解と納得を得ながら、焦らず着実に改革を進めていきましょう。

クリティカルポイント:ジョブ型雇用は本当に「なんでも解決する薬」なのか?

 ジョブ型雇用は、専門性を高めたり、成果主義をはっきりさせたりする良い点が強調されがちですが、取り入れるには大きな課題もあります。

 特に日本の会社の場合、これまでのメンバーシップ型雇用で築き上げてきた組織の強み(例えば、部署をまたいだ協力体制や、何でもこなせるゼネラリストとしての幅広い視点、社員間の強い一体感など)を失うリスクを、慎重に考える必要があります。

 職務記述書を細かく決めすぎると、かえって社員が自分の仕事の範囲外のことに手を出さなくなり、新しいアイデア(イノベーション)が生まれにくくなる可能性も指摘されています。

 また、世の中での価値が高い専門職に給料が集中する一方で、いつも決まった業務を担当する社員のやる気(モチベーション)を保つのが難しくなる、といった悪い影響も考えられます。

 ジョブ型雇用は単なる「制度」ではなく、組織の「文化」そのものを変える試みであり、その影響は多岐にわたることを深く理解しておく必要があります。

反証・課題:日本におけるジョブ型雇用の現実と乗り越えるべき壁

  • 職務記述書を作るのが難しい: 変化の激しいビジネス環境において、全ての仕事を完璧に定義し続けるのは非常に困難です。また、日本企業特有の「お互い様の精神」や「明確でない仕事(グレーゾーンの業務)」が多い文化では、職務記述書だけではカバーしきれない仕事が発生しがちです。
  • 配置転換(社員の配置換え)の柔軟性がなくなる: ジョブ型では特定の仕事に特化するため、事業の再編や市場の変化に伴う急な人材の配置換えが難しくなります。これは、多様な事業を持つ日本の会社にとって大きな課題です。
  • ゼネラリスト(何でもこなせる人)が育ちにくい: 専門性を重視するため、幅広い経験を持つゼネラリストが育ちにくくなります。将来、会社を引っ張っていく幹部候補をどう育てていくか、新しい戦略が必要です。
  • 社員のやる気や愛着(エンゲージメント)が下がる: 個人の成果が重視されすぎるあまり、部署内や他の部署との協力が薄くなり、組織全体のパフォーマンス(仕事の成果)が低下するリスクがあります。部署間の壁が高くなることで、新しいアイデアや協力が生まれにくくなる可能性も考えなければなりません。
  • 労働市場(働く人の売り買いの場)の未熟さ: 日本にはまだ、仕事ごとに細かく給料の相場が決まっているような、十分に成熟した労働市場が存在しません。そのため、公正な職務給を決めるための情報が不足し、結果的に社員が納得できない可能性があります。

 これらの課題を乗り越え、日本の会社がジョブ型雇用の良い面を取り入れつつ、自社の強みを維持・発展させるためには、制度設計だけでなく、経営層(会社のトップ)の強い関わりと、社員との継続的な話し合いが不可欠です。制度だけを導入しても、うまく運用できなければ意味がありません。

 自分の会社の特徴を深く見つめ、日本ならではの「ハイブリッド型」(良いとこ取り)のジョブ型雇用を考えていくことが、これからの人事労務担当者に求められる大きな役割です。