第40章:技術の進化と、それを支える人の育て方

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 最近のすごい技術の進歩は、私たちの仕事のやり方や会社のあり方、さらには社会の仕組みまで大きく変えています。AI(人工知能)やデータを分析する技術(データサイエンス)、生物の技術(バイオテクノロジー)など、新しい技術がどんどん出てきて、産業界に大きな変化をもたらしています。これにより、これまでになかった新しい仕事が生まれ、会社は成長するチャンスをつかむことができます。

 でも、こうした技術の進歩を最大限に活かすには、その技術をしっかり理解し、使いこなせて、さらに発展させられる「人」が絶対に必要です。どんなに素晴らしい技術があっても、それを使える人がいなければ宝の持ち腐れになってしまいます。つまり、技術が進むことと、人を育てることは、車を動かす両輪のように、いつも一緒に進んでいくべきものなのです。どちらか片方だけが頑張っても、社会全体の進歩は遅れてしまうでしょう。

技術の進化が求める新しい人材

 今の科学技術の進化は、ある分野でとても高い専門知識を持つ人を強く求めています。例えば、

  • AIを使ってお客さんの行動を予測するデータサイエンティスト(データを分析する専門家)
  • 量子コンピューターという新しいコンピューターの可能性を探る研究者
  • ゲノム編集技術で新しい医療を開発するバイオエンジニア(生物工学の技術者)
  • とても小さな世界で材料を操作するナノテクノロジー(超微細技術)の専門家

 このように、これまでは想像もできなかったような専門的な仕事が次々と生まれています。これらの分野では、世界中で優秀な人材の取り合いが激しくなっています。日本でも、こうした新しい分野での人手不足は、会社の競争力だけでなく、国全体の将来にも影響する大切な問題です。この人手不足を解決するためには、これまでのやり方にとらわれない、新しい教育や人材育成の方法が求められています。

研究開発の力アップ:未来を切り開く土台

 科学技術の進歩のもとになるのは、言うまでもなく研究開発です。会社で行う研究開発も大切ですが、大学や国の研究機関で行われる「基礎研究(すぐに役立つか分からないけれど、根本的なことを調べる研究)」もとても重要です。なぜなら、基礎研究がなければ、その後の応用研究(実用化を目指す研究)や、実際に製品やサービスとして使えるようになるような画期的な発見は生まれないからです。

 例えば、私たちが今使っているスマートフォンやインターネットも、もともとは何十年も前の基礎研究から生まれたものです。こうした研究が実を結ぶには、基礎研究の段階から、それを使って応用し、最終的に製品やサービスとして社会に届けるまで、一貫して人を育てる仕組みが必要です。大学では未来の研究者を育て、会社ではその知識をビジネスに活かす技術者を育てる。この協力こそが、新しいものを生み出し続けるための大切な鍵となるのです。

人の動きをもっと自由に:多様な経験が新しいアイデアを生む

 新しいアイデア(イノベーション)は、違う知識や経験を持つ人が出会うことで生まれることが多いと言われます。だからこそ、研究者や技術者(エンジニア)が、大学、会社、国の研究機関といった組織の壁を越えて、もっと自由に移動できる環境を整えることが非常に大切です。

 例えば、大学の研究者がしばらく会社で働き、現場の課題を肌で感じてから大学に戻る、あるいは会社の技術者が大学院で最新の理論を学ぶといった経験は、その人の視野を広げるだけでなく、所属している組織にも新しい風を吹き込みます。いろいろな経験を持つ人が組織を行き来することで、新しいアイデアが生まれやすくなり、それが結果として社会全体のイノベーション(技術革新や新しい価値創造)を加速させることにつながるのです。

具体的な数字で見る人材育成の必要性

 具体的な数字を見てみると、技術の進歩と人を育てることの重要性がもっとはっきりと見えてきます。

  • AI人材の需要が急増:ある調査によると、AIに関連する人材の需要は、2030年までに今の約2倍に増えると予想されています。これは、AI技術がいろいろな産業で使われるようになり、会社の競争力に直接関わるようになった結果です。しかし、この需要に対して、人材育成が追いついていないのが現状で、早急な対策が必要です。
  • IT人材の深刻な不足:別の予測では、2030年には日本全体で約55万人ものIT人材が足りなくなると言われています。これは、デジタル化が急速に進む中で、ITシステムの開発や管理をする人が決定的に不足することを意味します。このままでは、多くの会社がデジタルな変化に対応できなくなる恐れがあります。この状況を良くするためには、学校や会社がIT教育にもっと多くのお金をかける必要があります。
  • 研究開発投資と人材育成のバランス:日本は、国の経済規模(GDP)と比べると、研究開発への投資が3.2%ととても高い水準です。これは、国として科学技術を大切にしている証拠で、良いことです。しかし、せっかくたくさんのお金をかけて生み出された技術や知識も、それを理解し、活用できる人がいなければ十分に活かされません。研究開発へのお金と同時に、その成果を社会に役立てられる人を育てることにも、同じくらいか、それ以上の力を注ぐ必要があると言えるでしょう。

会社の具体的な取り組み:自分で未来を創る

 技術の進化に対応できる人を育てるために、会社ができることはたくさんあります。待っているだけでは、良い人は来てくれません。積極的に人を育てることが大切です。

  • 社内の研究開発部門を強くする:自社で技術を開発する力を高めることで、社員は最新の技術に触れ、実践的なスキルを磨くことができます。
  • 優秀な社員を大学院に送る:特に優秀な社員を大学院に送って、専門的な知識や研究の方法を学ばせることで、もっと高度な専門家を育てます。
  • 外部の専門家を招く:特定の分野に詳しい外部の専門家を招き、社内での研修や相談を通じて、社員の知識レベルを上げます。
  • 技術コミュニティへの参加を応援する:社員が社外の技術コミュニティや、みんなで自由にプログラムを作るプロジェクトに参加することを奨励し、社外の新しい知識を取り入れる機会を提供します。
  • 論文発表や学会参加を奨励する:研究の成果を論文として発表したり、国内外の学会に参加したりすることで、技術者としての存在感を高め、やる気を出すことにもつながります。

学校の大切な役割:未来の担い手を育てる

 大学や専門学校は、未来の技術革新を支える人を育てる上で、なくてはならない役割を担っています。常に最新の知識を教え、実践的に学べる場を提供することが期待されます。

  • 最新技術を取り入れた授業内容:AI、データを分析する技術、IoT(モノのインターネット)など、時代が求める最新技術を積極的に授業に取り入れ、学生が卒業後すぐに社会で活躍できるような教育を提供します。
  • 実験設備や環境を充実させる:最新の実験装置やコンピューターでのシミュレーション環境を整え、学生が実際に手を動かしながら技術を習得できる場を提供します。
  • 産業界との共同研究・プロジェクト:会社と協力して研究プロジェクトを進めることで、学生は実際のビジネス課題に触れ、実践的な問題解決能力を養うことができます。
  • 博士課程教育の充実:高度な研究能力を持つ博士号を取る人を育てることは、国の科学技術力を高めるために不可欠です。支援する体制を強くし、優秀な学生が博士課程に進みやすい環境を整えます。
  • 国際的な研究ネットワークを作る:世界中の大学や研究機関とのつながりを深め、学生や先生が国際的な環境で研究や交流ができる機会を増やすことで、世界全体を見渡せる人材を育てます。

 科学技術の進化を力強く支え、その良い点を社会全体で受け取るためには、人を育てることに長い目で取り組むことが何よりも大切です。一晩で結果が出るものではありませんが、地道な努力と、未来を見据えた絶え間ない取り組みを続けることで、必ず将来の競争力を高め、より豊かな社会を築くことができるでしょう。

 人事労務担当の皆さんには、特に技術系の人のキャリアパス(仕事の道筋)をはっきりさせ、彼らが自分のスキルを最大限に発揮できるような、長期的な育成計画を立てることが期待されています。技術者が自分の専門性に誇りを持ち、やりがいを感じながら働き続けられる環境を整えることは、日本全体の技術力を次の世代に確実に受け継いでいく上で、非常に大切な役割と言えるでしょう。

クリティカルポイント(特に大切なこと)

 技術の進化と人を育てることは、単に今の技術の流行を追うだけでなく、会社の文化や教育システム全体を変えていく視点が欠かせません。特に、最新技術について学び続ける機会を提供することや、違う背景を持つ人が協力し合える環境を作ることは、会社の競争力を決める大切な要素となります。ただ研修プログラムを入れるだけでなく、社員一人ひとりが自分で学び、成長できるような「自ら学ぶ文化」を作ることが、長く成功するための鍵を握ります。

反証・課題(注意点と乗り越え方)

 科学技術の進化は確かに大切ですが、すべての会社が最先端技術を追いかける必要はありません。むしろ、自社の得意なこと(コアコンピタンス)を見極め、これまでの技術と新しい技術をうまく組み合わせる方法を探すことが重要です。また、技術ばかりを追い求めすぎると、人の心やコミュニケーション能力といった、AIにはできないスキルの価値を見落とす危険性もあります。人を育てる上では、技術的なスキルだけでなく、倫理観(正しい行いを考える力)、創造性(新しいものを作り出す力)、協調性(人と協力する力)といった「人間力」を高めることにも、バランス良く力を入れることが求められます。そして、技術の進化があまりにも速いため、育てた人がすぐに時代遅れになるリスクも考えて、常に学び続けることを前提としたキャリアプラン(仕事の計画)を立てることが課題となります。