第36章:教育担当者を育て、会社全体で人材を育てるには?

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 会社が長く成長し続けるためには、社員一人ひとりを大切に育てることがとても重要です。その「人材育成」を成功させるカギとなるのが、「教育担当者」です。彼ら自身がどう成長し、会社からどんなサポートを受けられるかによって、育成の成果は大きく変わります。

 このカードでは、教育担当者が自分の力を高め、会社全体で人材育成を支えるしっかりとした仕組みを作るための具体的なステップと、その大切なポイントをじっくり見ていきましょう。

 教育担当者は、ただ研修をするだけではありません。彼らは、社員が持つ秘めた力を引き出し、会社全体の「学びたい気持ち」を盛り上げる「きっかけ」のような存在です。だからこそ、教育担当者自身が常に学び、成長し続けることが、会社の未来を作っていくと言ってもいいでしょう。

 教育担当者が専門家として成長するための道のりは、大きく分けて次の5つのステップが考えられます。

1. 基礎を知る:教育の「地図」を理解しよう

 まず、教育担当者として欠かせないのが、教育の基本的な知識を身につけることです。たとえば、「大人はどうやって学ぶのか(成人学習理論)」や「効果的な学びの場とは何か(学習科学)」といった理論を知ることが大切です。これを知ることで、経験や感覚だけに頼らず、科学的な根拠に基づいて育成プログラムを考えられるようになります。

 具体的には、参加者のやる気を引き出す方法や、記憶に残りやすい情報の伝え方などを学ぶことで、研修の効果がぐんと上がります。教育に関する本を読んだり、オンライン講座で体系的に学んだりすることから始めてみましょう。

2. 実践力を磨く:みんなを巻き込む「話し合いのコツ」

 次に、学んだ知識を実際に役立てるためのスキルを磨きます。研修の場を一方的な講義で終わらせず、参加者全員が積極的に意見を出し合う「対話」を生み出すファシリテーション(進行役)の力や、一人ひとりの相談に乗って成長をサポートするコーチングスキルは、教育担当者にとって大きな武器になります。

 たとえば、参加者からの質問に「なぜそう思うのですか?」と問いかけ、深く考えるきっかけを与えたり、具体的な行動計画を一緒に立てることで、学んだことを日々の仕事に活かせるようになります。ロールプレイング(役割演技)やOJT(職場で実務を通して学ぶこと)で、実践的なスキルを磨く機会を作りましょう。

3. プログラムを作る力:一人ひとりに合った育成計画を描く

 研修を企画し、運営する能力も教育担当者の大切な資質です。会社の目標や各部署の課題、そして社員一人ひとりのキャリアパス(仕事の経験を重ねていく道のり)を考え、最も効果的な育成プログラムをゼロから作り出す力が求められます。

 たとえば、新入社員研修からリーダー研修、DX(デジタル変革)を担う人材の育成まで、幅広いニーズに合わせた内容を組み立てる必要があります。外部の研修会社と協力する際にも、自社のニーズをはっきり伝え、最適なプログラムを選び、調整できる力が不可欠です。研修後のアンケート結果や現場からの意見をもとに、プログラムを常に良くしていく「PDCAサイクル」(計画→実行→評価→改善)を回すことも、この段階で身につけるべき重要なスキルです。

4. 評価・改善の力:学びの「効果」を測り、次に活かす

 実施した教育プログラムが本当に効果があったのかを客観的に評価し、次の改善につなげる力も欠かせません。たとえば、研修の前と後で受講者の行動がどう変わったかを観察したり、業績への影響をデータで分析したりすることで、教育投資の「効果を見える化」します。

 単に「参加者が満足した」で終わらせるのではなく、「研修後、〇〇の仕事効率が〇〇%上がった」といった具体的な数字を示すことで、経営層への説明にも説得力が増します。効果測定の方法を学び、アンケートやインタビューを通して、現場のリアルな意見を集めて分析するスキルを身につけましょう。

5. 戦略的に考える力:会社の目標と育成をつなぐ「未来の設計者」

 最終的には、会社の経営戦略と人材育成計画を密接に結びつける、戦略的に考える力が求められます。会社の未来図を描き、それを実現するために「どんな人材を、いつまでに、どれくらい育てるべきか」を経営層と一緒に考え、具体的な育成ロードマップ(計画表)を作る役割です。

 たとえば、「今後3年で新しい事業を始めるために、AIエンジニアを10人育てる」といった具体的な目標を立て、それに向けて育成の取り組みをリードします。自社の事業環境や市場の変化を常にチェックし、将来を見据えた人材育成戦略を立てられる教育担当者は、会社にとってかけがえのない存在となるでしょう。

 今の会社では、教育担当者に求められる役割は、これまで以上に多様になり、その重要性も増しています。もはや、ただ座学研修を企画・実行するだけの「事務員」ではありません。彼らは、会社全体の「学びの文化をデザインする人」であり、「変化を引っ張る人」としての役割を期待されています。

育成担当者の役割拡大:会社の学びをデザインする

 これからの育成担当者は、研修プログラムの実施だけでなく、会社に自ら学ぶ力を促す環境を整えることが求められます。たとえば、社員が気軽に新しい知識やスキルを学べるオンライン学習サービスを導入したり、部署を超えた知識共有を進めるワークショップを企画したりすることが考えられます。また、外部の専門家や最新の教育ツールを選び、活用する能力も重要です。

 経営層に対して、人材育成の大切さや具体的な投資効果をデータに基づいて提案し、必要な予算や資源を確保する交渉力も必要になるでしょう。さらに、各部門と密に連携し、現場のニーズを正確に把握することで、より実践的で効果的な育成の取り組みを生み出すことが可能になります。育成担当者は、まさに会社の未来をデザインする役割を担っているのです。

会社全体での育成体制:みんなで「育てる文化」を作ろう

 人材育成は、人事部門や教育担当者だけが担うものではありません。会社全体、つまり「全社員」が主体的に育成に関わる文化を作ることが非常に大切です。特に、現場のマネージャーは、日々の仕事を通じて部下を指導・育成する「一番身近な教育担当者」です。

 彼らが部下の成長をサポートするコーチングスキルや、適切なフィードバックの与え方を身につけることは、会社全体の育成力を高めます。また、経験豊かなベテラン社員をメンター(助言者)として若手社員につけ、カジュアルな学びの機会を提供したり、部門を超えて知識やノウハウを共有するグループを作ることも有効です。社員が育成への貢献をきちんと評価される仕組みがあれば、より多くの人が積極的に関わるようになるでしょう。みんなで「人を育てること」を楽しみ、その成果を分かち合う文化こそが、会社の持続的な成長の源になります。

育成担当者の継続学習:学び続ける専門家であるために

 「人に教える立場にある人こそ、誰よりも深く学び続けなければならない」これは、教育担当者にとって一番大切な考え方の一つです。常に変わるビジネス環境や新しい技術に対応するためには、自分から積極的に学び続ける姿勢が求められます。

  1. 最新の教育方法やツールを知る: たとえば、マイクロラーニング(短時間学習)、アダプティブラーニング(個人に合わせた学習)、VR/ARを使った研修など、新しい教育技術は日々進化しています。これらの最新トレンドをチェックし、自社の育成に取り入れることで、より効果的で魅力的なプログラムを提供できます。オンラインセミナーへの参加や専門書の購読は欠かせません。
  2. 他社の育成事例を学ぶ: 自社だけで解決策を探すのではなく、他社の成功事例や失敗事例から学ぶことはとても有効です。異業種交流会に参加したり、専門誌やウェブサイトで最新の情報を集めたりすることで、新しい視点やヒントを得ることができます。
  3. 専門資格を取る: 専門家としての力を高めるために、キャリアコンサルタントや産業カウンセラー、研修インストラクターなどの資格取得に挑戦することもおすすめです。これにより、自分のスキルアップだけでなく、社内外からの信頼度も上がります。
  4. 育成担当者同士のつながりを作る: 同じ業界の他社の教育担当者や、社内の他の部門の担当者とつながりを作ることで、情報交換や悩みの共有、一緒にプロジェクトを企画するなど、お互いに学び合う大切な機会が生まれます。
  5. 自分自身を振り返り、改善する: 自分が行った研修や育成プログラムについて、常に「これで一番良かったか」「もっと良くするにはどうすればいいか」と振り返り、改善サイクルを回すことで、教育担当者自身の成長が加速します。

会社からのサポート:教育担当者が輝くための環境づくり

 教育担当者がその力を最大限に発揮し、会社の育成力を高めるためには、会社側からの積極的なサポートが不可欠です。彼らが一人で悩むことなく、安心して挑戦できる環境を整えることが重要となります。

  1. 十分な権限と予算を与える: 効果的な育成の取り組みをするためには、必要な予算と、それを自由に使える権限が必要です。「予算がないからできない」ではなく、「これだけの予算で、これだけの成果を出します」と提案できる環境を整えましょう。
  2. 経営層からの明確な応援: 経営トップが人材育成の大切さを繰り返し伝え、教育担当者の活動を応援することで、会社全体に「育成は重要だ」というメッセージが広まります。これは、教育担当者のやる気を高めることにも直接つながります。
  3. 適切な評価と待遇: 教育担当者の成果は、すぐに会社の業績に直結しにくい場合もあります。しかし、長い目で見て彼らの貢献を正しく評価し、昇給や昇進、ボーナスなどで報いることで、彼らの専門性を尊重し、キャリアパスを明確にすることができます。
  4. 学習時間の確保: 教育担当者自身が学び続けるためには、仕事の時間内に学習や情報収集のための時間を確保できるように配慮することが大切です。忙しいからと自己学習を後回しにするような環境では、質の高い育成は望めません。
  5. 外部研修への参加機会: 社内だけでは得られない専門的な知識やスキルを身につけるため、外部の専門機関が提供する研修やセミナーに積極的に参加できる機会を与えましょう。新しい刺激や学びが、彼らの育成活動に深みをもたらします。

 教育担当者は、まるで未来の種をまき、大切に育てる農夫のようです。彼らの腕前一つで、会社がどんな花を咲かせ、どんな実を結ぶかが決まると言っても言い過ぎではありません。しかし、彼らの重要性が十分に認識されず、仕事の負担が重すぎたり、専門性が足りなかったりといった課題を抱えている会社も少なくありません。

 人事・労務担当者の皆様には、この「未来を創る人」である育成担当者の地位を高め、常に能力を伸ばしていけるよう、ぜひ力を注いでいただきたいと心から願います。

 優れた教育担当者がいる会社では、そこで働く社員一人ひとりが生き生きと学び、成長し、最終的には会社全体の新しいアイデアを生み出す力と競争力を高めます。育成の専門家を育て、会社全体で人を育てる力を高めることは、予測できない現代において、会社が生き残るための最も確実な投資なのです。さあ、共に「人を育てる人」を育て、輝かしい未来を築いていきましょう。

クリティカルポイント

 教育担当者の育成と、それを支える会社の仕組み作りは、単なるコストではなく、会社の未来を左右する大切な戦略的な投資です。このことを経営層と現場が共通認識として持てるかどうかが、成功のカギを握ります。特に、教育の効果を数字で示し、費用に見合う効果(ROI)をはっきりさせる「評価・改善する力」は、経営層の理解を得る上で欠かせません。また、マネージャー層を巻き込み、日々の業務の中で育成が行われる「みんなで育てる文化」を根付かせることが、人材育成を長く続けるための土台となります。

反証・課題

 教育担当者の育成は大切ですが、多くの会社では「誰がその育成を担うのか」という根本的な問題に直面します。また、育成への投資効果はすぐには現れないため、短期的な業績目標を重視する経営層から理解を得にくいという側面もあります。さらに、忙しい現場マネージャーが部下育成に十分な時間を割けなかったり、育成スキルが足りなかったりといった現実的な問題も存在します。

 これらの課題を乗り越えるためには、育成担当者自身の専門性を高めるだけでなく、会社全体の意識改革と、育成活動への適切な評価や報酬の仕組みを作ることが不可欠と言えるでしょう。