第43章:国際競争に勝つための人材戦略
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今の世の中は、国境を越えて競争がどんどん激しくなっています。これを「グローバル化の時代」と呼びます。会社も国も、この流れに取り残されないためには、世界で活躍できる優秀な人を育て、また、世界中から集めることがとても大切です。まるでスポーツの国際大会のように、世界中の国や会社が、才能ある人を自分たちの国や会社に呼び込もうと、激しく競い合っています。こんな状況の中で、日本はどうやって存在感を高め、成長し続けることができるのでしょうか。この章では、その具体的な方法について、皆さんと一緒にじっくり考えていきましょう。
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「グローバル人材」ってどんな人?
「グローバル人材」と聞くと、「英語をペラペラ話せる人」を思い浮かべがちです。しかし、本当の意味はもっと深いところにあります。もちろん、外国語を話せることは強い武器になりますが、それ以上に大切なのは、違う文化や習慣を理解し、尊重する気持ちです。そして、いろいろな考え方を受け入れ、自分の成長につなげる柔軟性も必要です。
例えば、海外の取引先と話すとき、言葉だけでなく、相手の国の商売のやり方や文化を理解しているかが、成功するかどうかを決めます。また、会社にいろいろな国籍の社員がいれば、彼らの異なる視点から新しいアイデアが生まれやすくなります。ただ言葉を話せるだけでなく、世界全体のことを考えて行動し、違う文化の中でもリーダーとして力を発揮できる人。これこそが、本当のグローバル人材と言えるでしょう。
- 高い語学力(特に英語):世界の人とコミュニケーションをとる基本です。情報収集や発信の幅も広がります。仕事だけでなく、普段の会話でも相手との距離を縮める助けになります。
- 異文化を理解し、伝える力:相手の文化や考え方を尊重し、言葉以外のサイン(身ぶりや表情)も読み取ることで、誤解なくスムーズな人間関係を築けます。
- 世界のビジネス知識:国際的な経済の動き、貿易のルール、お金の価値、各国の市場の特徴など、世界のビジネスをうまく進めるための専門的な知識が欠かせません。
- 状況に合わせる柔軟性:予想外の出来事や変化の多い海外で、ストレスなく順応し、新しい環境を楽しめる前向きな気持ちが必要です。
- リーダーシップ:いろいろな価値観を持つ仲間をまとめ、共通の目標に向かって引っ張っていく力です。調整する力や問題を解決する力も含まれます。
世界で起きている、人材の取り合い
今、世界中で才能ある人を巡って、激しい「取り合い」が起きています。特にAI(人工知能)やデータサイエンス、バイオテクノロジーといった最先端の分野では、専門知識を持つ人が圧倒的に足りません。そのため、企業は「ぜひ欲しい!」と強く求めています。
アメリカのシリコンバレーにあるIT企業が良い例ですが、世界中の優秀なエンジニアや研究者には、驚くほど高い給料や手厚い福利厚生が用意されています。国レベルでも、特定のスキルを持つ外国人に対しては、働くためのビザを簡単に出したり、日本に住み続けるための条件を優しくしたりして、自国にいてもらおうと力を入れています。また、海外の大学で勉強している優秀な学生を卒業前から確保したり、他の国の研究機関から有望な研究者を引き抜いたりする話も尽きません。
日本も同じで、優秀な人が海外に出て行ってしまうことが問題になっています。一方で、成長しているスタートアップ企業の中には、これまでの考え方にとらわれない自由な働き方や魅力的な目標を掲げ、国内外から優秀な人を引きつけている例も増えています。この競争に勝つためには、私たち自身が魅力を高める努力を続けなければなりません。
- 高額な給料を出す企業が増加:特にITや金融業界では、優秀な人への投資として、ものすごい給料や自社株の権利が提示されます。
- ビザを簡単にする競争:多くの国が、特定の分野の優秀な人材に対して、ビザの申請手続きを早くしたり、優遇したりする制度を作っています。
- 優秀な留学生の確保:海外の大学などで学ぶ優秀な学生を、卒業と同時に自国の企業に採用するためのプログラムが充実しています。
- 研究者が海外に出ていく問題:日本の研究環境や待遇に不満を持つ研究者が、より良い条件を求めて海外の研究機関や企業へ移るケースが見られます。
- スタートアップによる人材確保:大企業にはないスピード感、自由な会社の雰囲気、大きな裁量権などを魅力として、スタートアップが特定のスキルを持つ人を引きつけています。
では、どうすればこの激しい人材の取り合いに勝ち、国際的な競争力を強くしていけるのでしょうか。日本が取るべき方法は、主に次の四つのポイントにまとめることができます。それぞれを詳しく見ていきましょう。
1. 魅力的な誘致策で世界から才能を呼び込む
日本が世界中の優秀な人にとって「選ばれる国」になるには、まず、日本の魅力を高めることが大切です。例えば、欧米の主要な都市と比べても劣らない、あるいはそれ以上の高い給料を提示できるよう、会社は給料の仕組みを見直す必要があるでしょう。また、働き方改革を進め、もっと自由で働きやすい環境を作ることも重要です。在宅勤務を導入したり、出退勤の時間を自由に選べるフレックスタイム制を広げたり、子育てや介護の支援を充実させたりすることなどが考えられます。
さらに、日本での生活に不安を感じることなく、安心して暮らせるような支援も欠かせません。具体的には、いろいろな言葉に対応できる病院を増やしたり、住む場所探しを手伝ったり、子どもの教育環境を整えたり、外国人が参加しやすいコミュニティを支援したりすることが考えられます。日本食や文化の魅力はもちろん、最新の技術が生活に溶け込んだ便利さや、治安の良さなども積極的にアピールし、世界中の才能ある人が「日本で働きたい!日本で暮らしたい!」と感じるような環境を、国や企業が協力して作り上げていくことが求められます。
2. 日本人自身も世界で活躍できるようにする
海外から人を呼ぶのと同時に、私たち日本人自身が世界的な視点を持つこともとても重要です。これは、ただ英語を話せるようになること以上の意味を持ちます。海外留学や海外で働く機会を大きく増やすことで、若い頃から違う文化に触れ、いろいろな価値観の中で経験を積み、世界的なビジネス感覚やリーダーシップを養うことが不可欠です。
例えば、企業が若い社員を積極的に海外のグループ会社や協力先に送ったり、大学が短期・長期の交換留学プログラムを充実させたりすることが考えられます。また、日本にいながらにして世界的な環境に身を置けるよう、社内で英語を公用語にしたり、外国人社員と一緒にプロジェクトを進めたりする取り組みも有効でしょう。このような経験を通じて、日本人一人ひとりが世界を舞台に臆することなく活躍できる「たくましいグローバル人材」へと成長していくことを目指します。
3. いろいろな背景を持つ人を受け入れ、活かす「ダイバーシティ&インクルージョン」を進める
様々な背景を持つ人が活躍できる会社の雰囲気を作ることは、新しいアイデアを生み出す源になります。国籍、性別、年齢、障がいの有無、性的指向などに関わらず、一人ひとりの個性や能力が最大限に発揮され、公平に評価される環境こそが、国内外から優秀な人を引きつける力となります。例えば、子育て休暇からの復帰支援を強化したり、短時間勤務の制度を広げたりすることで、女性社員がキャリアを中断することなく活躍できる場を提供できます。また、外国人社員が日本の職場で孤立しないよう、先輩がサポートする制度(メンター制度)を導入したり、日本語の学習を支援したりすることも有効でしょう。
多様な視点やアイデアが自由に飛び交い、それらが合わさることで、これまで誰も思いつかなかったような画期的な製品やサービスが生まれる可能性が飛躍的に高まります。「ダイバーシティ(多様性)」は、単に社会に貢献するだけでなく、会社の競争力を高めるための大切な経営戦略なのです。
4. 確保した人材を長く支える「定着支援」
せっかく優秀な人を呼び込み、育てても、すぐに辞めてしまっては意味がありません。確保した人が長く日本や会社に残り、その能力を存分に発揮し続けられるような手厚い支援が不可欠です。例えば、入社後の仕事の道筋(キャリアパス)を明確に示し、成長の機会を継続的に与えることで、彼らが将来に希望を持てるようにします。また、外国人の場合は、家族の生活支援もとても重要です。
配偶者の仕事探しを手伝ったり、子どもの教育に関する情報を提供したり、困ったときに相談できる窓口を作ったりすることなどが考えられます。地域社会にスムーズに溶け込めるよう、日本語教室を提供したり、地域のイベントへの参加を勧めたりする取り組みも有効でしょう。このような様々なサポート体制を整えることで、人は安心して仕事に集中し、会社や社会に貢献できるようになります。人を「使い捨て」にするのではなく、「一緒に成長する仲間」として大切にすることが、持続可能な人材戦略の重要なポイントとなります。
「グローバル人材」を育て、確保することは、決して国や学校に任せきりにする話ではありません。私たち会社自身が、強い気持ちを持って具体的な行動を起こすことで、大きな変化を生み出すことができます。
- 海外での採用を強化する:日本国内だけでなく、積極的に海外の大学や専門機関と協力し、現地の優秀な人を直接採用する仕組みを作りましょう。例えば、インターンシップ制度を設けたり、オンラインでの会社説明会を頻繁に開いたりするのも良い方法です。
- 国際的な研修プログラムを充実させる:社員が世界的なビジネススキルや異文化理解を深めるための実践的な研修を導入しましょう。例えば、海外のビジネススクールに派遣したり、語学学習を補助したり、異文化交流のワークショップを定期的に開いたりすることなどが考えられます。
- 英語を社内共通語にする:会社の中で英語を公用語にする、または少なくとも大切な会議や書類は英語でも示すなど、社員が日常的に英語を使う環境を作りましょう。これにより、外国人社員がスムーズに仕事に慣れるだけでなく、日本人社員の語学力向上にもつながります。
- 海外で働く機会を積極的に提供する:若い社員にも積極的に海外赴任のチャンスを与え、世界的な実務経験を積ませましょう。短期間のプロジェクト参加や駐在員としての派遣など、いろいろな形が考えられます。
- 多様な文化を持つ人が共に働く職場環境を整える:様々な国籍や文化を持つ社員が、お互いを尊重し、協力して働ける環境を作りましょう。例えば、多様な食習慣に対応できる社食、宗教的な配慮、ハラスメントを防ぐためのルールを徹底することなどが挙げられます。
国に求められる大切な役割
会社の努力だけでは限界があります。国全体での総合的な戦略と支援が、日本の国際競争力を強くするためには不可欠です。
- 優秀な外国人の受け入れをもっと進める:特にAI、データサイエンス、クリーンエネルギーなど、成長分野の専門家に対しては、ビザをもっと簡単に取得できるようにしたり、永住権を取得する条件を優しくしたりと、世界トップレベルの優遇措置を考えるべきです。
- 留学生の就職支援を強化する:日本の大学に留学している優秀な学生が、卒業後にスムーズに日本企業に就職できるよう、企業との出会いの機会を増やしたり、就職活動に関する情報提供を充実させたりするべきです。
- 国際的な大学ランキングを向上させる:日本の大学が世界トップレベルの研究機関として評価されるよう、研究にお金を投じたり、国際共同研究を進めたり、先生の国際化を図ったりして、世界の優秀な学生や研究者を呼び込みましょう。
- 研究環境を世界レベルにする:研究者が安心して研究に集中できるよう、国際共同研究を助けるための資金援助、研究設備の最新化、研究費をもらう手続きの簡素化などを進め、海外の研究者にも魅力的な環境を提供します。
- 生活環境を整える(多言語対応など):外国人が日本で快適に生活できるよう、役所のサービスや病院での多言語対応を徹底したり、子育て支援を充実させたり、インターナショナルスクールの設置を助けたりと、生活の基盤となる部分のサポートを強化します。
国際競争力を強くすることは、一つの会社や一つの省庁だけの努力でできるような簡単な問題ではありません。国、教育機関、そして産業界がそれぞれの壁を乗り越え、文字通り「一つになって」戦略を考え、実行していく必要があります。私たち人事労務担当者の皆さんには、自社のグローバル人材戦略を定期的に見直し、時代の変化に合わせて、世界で戦える人を育て、積極的に採用していくことが強く期待されています。日本が持つ伝統的な強み、例えば「おもてなし」の心や勤勉さ、細かいものづくりといった良い点を活かしつつ、世界標準の人材管理を取り入れることで、日本ならではの魅力的なグローバル人材戦略を確立できるはずです。さあ、未来の世界で活躍する人を、私たちと一緒に育て上げ、日本の明るい未来を切り開いていきましょう!
クリティカルポイント:日本がグローバル人材戦略で成功するための重要なカギ
この章で見てきた、国際競争力を強くするための人材戦略を成功させるには、いくつかの「重要なカギ」があります。これらをしっかり理解し、具体的な行動に移せるかどうかが、日本の未来を決めると言っても過言ではありません。
- 「待つ」姿勢から「動く」姿勢へ:日本ではこれまで、海外から人が来るのを「待つ」ことが多かったようです。しかし、今の世界的な人材の取り合いでは、この受け身の姿勢では通用しません。積極的に、そして戦略的に、世界中の優秀な人たちに日本の魅力をアピールし、呼び込む「攻めの姿勢」が不可欠です。例えば、海外の主要な大学や研究機関に日本の企業や政府の代表団が積極的に出向き、直接アプローチするような行動が求められます。
- 給料と働く環境を「世界基準」に:一部の会社では改善が見られますが、日本全体の給料のレベルや働く環境は、世界トップレベルの人材にとって、必ずしも魅力的とは言えません。特に長時間労働の習慣や、勤続年数によって給料が上がる「年功序列」の制度は、世界の視点から見ると敬遠されがちです。本当に優秀な人を採用するには、給料のレベルだけでなく、仕事の成果で評価する「成果主義」の徹底、柔軟な働き方、仕事とプライベートのバランスを重視するなど、世界基準に合わせた大きな改革が必要です。
- 「言葉の壁」と「心の壁」をなくす:英語力だけでなく、いろいろな文化を持つ人たちと共存することへの理解と実践が足りない点が、日本の大きな課題です。職場や地域社会での「言葉の壁」は物理的な問題ですが、違う文化への無理解や偏見といった「心の壁」はもっと根深く、人が日本に定着するのを邪魔します。学校での多文化理解教育の強化、会社内での異文化コミュニケーション研修の義務化など、様々な方法でこれらの壁を乗り越える必要があります。
- 長い目で見た投資:人材戦略は、すぐに結果が出るものではありません。目の前の利益だけでなく、10年、20年先を見据えた継続的な投資が求められます。国や企業が、教育、研究開発、生活環境の整備など、多岐にわたる分野で、着実な投資を続ける覚悟が必要です。
反証・課題:理想と現実のギャップを乗り越えるために
国際競争力を強くするための人材戦略は、理想だけを語っていても実現できません。現実には多くの課題や、期待通りにいかない点が存在し、これらを乗り越えるための具体的な解決策を考え続ける必要があります。
- 経済的な制約との戦い:「給料を上げるべき」という意見はもっともですが、全ての会社が十分なお金を持っているわけではありません。特に中小企業にとっては、高い給料を提示するのは大きな負担になります。国による補助金制度の拡充や、スタートアップ企業に対する税金の優遇措置など、経済的なメリットを強化することで、様々な会社が人材にお金を使いやすい環境を整える必要があります。
- 文化や習慣を変えることの難しさ:日本独自の文化や習慣(例えば、定年まで同じ会社で働く「終身雇用」、勤続年数で給料が決まる「年功序列」、裏で根回しをする文化など)は、外国人にとっては理解しにくい場合があります。これらの習慣をすぐに変えることは難しく、反発も予想されます。少しずつ改革を進めるとともに、外国人の皆さんにも日本の良い文化を理解してもらい、共に暮らせるような「歩み寄り」の努力も、お互いに求められます。
- 地方で人を集めることの難しさ:グローバル人材は、東京や大阪のような大都市に集まりがちです。しかし、日本の地方にも素晴らしい技術や魅力的な会社がたくさんあります。地方が外国人材にとって魅力的な選択肢となるよう、地域を国際化したり、いろいろな文化を持つ人が共に暮らすコミュニティを作ったり、地方ならではの生活支援策などを強化していく必要があります。例えば、地方の自治体と協力し、引っ越し支援や外国語でのサポートを充実させることなどが考えられます。
- 情報発信の力の弱さ:日本には世界に誇れる技術や文化、豊かな自然がありますが、その魅力が十分に海外に伝わっていないという問題があります。国や会社が協力し、もっと戦略的で効果的な情報発信を行うことで、「日本で働くこと」のブランドイメージを高める努力が求められます。SNSや世界のメディアを積極的に活用し、日本のリアルな魅力を発信していくことが重要です。
少子高齢化という根本的な問題への向き合い方:長い目で見ると、日本の少子高齢化は、働く人の数が減ることを意味します。これにより、外国人に頼ることが増えるかもしれません。しかし、これは根本的な解決策ではありません。外国人を呼び込むと同時に、日本国内の人の育成(特に女性や高齢者がもっと活躍できるようにすること)、生産性を高めること、そして生まれる子どもの数を増やすことなど、社会全体の取り組みを総合的に進める必要があります。

