勉強しない人:なぜ、つい「やらない」を選んでしまうのか?

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 私たちの周りには、「本当は勉強した方がいい、それはわかっているんだ」と頭では理解しているのに、どうしても行動に移せない。「ついつい、やらない選択をしてしまう」という人が少なくないでしょう。こういう人々を私たちは、少し突き放した言い方で「勉強しない人」と呼んでしまいがちです。けれども、彼らの行動を単に「怠けているだけだ」と決めつけてしまうのは、あまりにも表面的な見方なのではないでしょうか。実は、その「やらない」という選択の背後には、もっと深く、そして複雑な心のメカニズムが隠されていることがほとんどなのです。

 では、その複雑な心の動きとは一体何でしょう? 多くの場合、勉強から目を背けてしまう行動は、漠然とした不安な気持ち、あるいは「もし失敗したらどうしよう」という、結果に対する強い恐れから来ているようです。まるで、痛い注射を避ける子どものように、過去に経験した嫌な記憶や、うまくいかなかった体験がフラッシュバックして、自分自身を守ろうとする「防衛反応」として現れることもありますね。ここで言う「防衛反応」とは、心にダメージを受けないよう、無意識のうちに自分を守ろうとする心の働きのこと。例えば、以前に努力しても報われなかった経験があると、「どうせまた頑張っても無駄だ」と心を閉ざしてしまうようなものです。

 特に、勉強しない人の行動パターンとしてよく見られるのが「先延ばし」です。彼らは、今日やるべき勉強の重要性を十分に理解しているはずなのに、なぜか「まあ、後でやればいいか」「今日は疲れているし、明日で大丈夫だろう」と、いつの間にかタスクを翌日以降に押しやってしまうのです。この「先送りの癖」は、いくつかの心の状態から生まれてくることがあります。一つは、すべてを完璧にこなさないと気が済まない「完璧主義」という気持ちが、かえって行動を阻んでしまうケースです。「完璧じゃないなら、いっそ手を出さない方がマシだ」と考えてしまい、最初の一歩が踏み出せないでいるのですね。もう一つは、目の前の課題があまりにも大きく、難しそうに見えてしまって「これは、どう考えても自分には無理だ」と絶望的な気持ちになり、思考停止に陥ってしまうパターンです。

 なんとも不思議なことに、私たちは勉強という、本来は自分の成長につながるはずの行動から逃げることで、一時的に「ふう、これで一安心」とホッとする瞬間を経験します。しかし、この瞬間的な安堵感は、本当に長く続くものではありません。むしろ、先延ばしにしたことが頭の片隅に残り続け、「いつかやらなければ」という焦燥感や罪悪感が、じわじわと心に重くのしかかってくる。結果として、長期的な不安やストレスを増大させてしまうという、なんとも皮肉な結果につながってしまうことも多いのです。短期的な快楽のために、長期的な苦痛を選んでしまっているようなものかもしれませんね。

 だからこそ、私たちは「勉強しない人」というレッテルを貼って、彼らを安易に批判するのではなく、彼らの行動の根底にあるものに、もう少し目を向けてみることが大切だと考えます。彼らが勉強しないことを「道徳的に悪いことだ」と決めつけるのではなく、もう少し広い視野で「ああ、この人の中には何か解決すべき課題があるのかもしれないな」と、共感的に捉えてみてはどうでしょうか。その視点を持つことこそが、問題解決の第一歩になるはずです。彼らだって、好きでやらないわけではない、そう考えてみると、少し見方も変わってくるのではないでしょうか。

 適切なサポートや理解があれば、人は誰しも、その行動パターンを変えることができると信じています。例えば、目の前にある大きな課題を、一口サイズに噛み砕くように、小さな「タスク」(やるべきことや目標)に細分化してあげてはどうでしょう。それから、その人が「これならできるかも」と思えるような、達成可能な目標を一緒に設定し、一歩一歩進むことを手助けしてあげる。そして何よりも大切なのは、たとえ小さなことでも、できたことを心から認めて褒めてあげる「ポジティブなフィードバック」です。この「褒めて伸ばす」というアプローチが、彼らの自信を育み、次への意欲へとつながるでしょう。私たち教育者や周りの人々が果たすべき本当の役割は、ただ「勉強しろ」と頭ごなしに批判することではありません。むしろ、彼らの心の前に立ちはだかる「何が学習の邪魔になっているのか」という壁を見つけ出し、その壁を乗り越えるための「足場」、つまりは温かい手助けを提供することにあるのではないでしょうか。そうすれば、きっと彼らも前向きな一歩を踏み出せるはずです。