第17章:能力に求められることの変化(2015年→2050年)

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 これからの働き方を考える「未来人材ビジョン」は、社会や経済が変わるにつれて、会社が個人にどんな力を求めるようになるのか、大切なヒントを教えてくれます。特に面白いのは、2015年と2050年を比べると、求められる能力が大きく変わるという見方です。今から約10年前は当たり前だったことが、約30年後の未来では、もっと違う力が大切になると予想されているのです。

 この章では、未来の社会で活躍するために、どんな力を伸ばせばいいのかをじっくり見ていきます。ただ技術的なスキルだけでなく、人間にしかできない考える力や新しいものを作り出す力、そして社会との関わり方まで、広い視点で考えてみましょう。この変化を理解することは、私たち一人ひとりのキャリアプランだけでなく、会社が社員を育てる戦略にとっても、大切な道しるべになるはずです。

 上のグラフを見ると、会社が求める能力がどう変わっていくかがよく分かります。2015年には、「注意深さ」や「責任感」がとても大切にされていました。例えば、工場で製品の品質を厳しくチェックする人や、経理部門で数字を何度も確認する人です。決められたルールを守り、間違いなく仕事を進める力が、会社を安定させ、効率よく動かす土台でした。お客様の注文を完璧にこなしたり、システムが動かなくなるトラブルを防ぐために気を配ったりする力が、多くの会社で求められていたのです。これは、当時の社会が比較的落ち着いていて、決まった作業が多かったことを表していると言えるでしょう。

 しかし、2050年の未来では、この優先順位が大きく変わると予想されています。グラフが示すように、「問題を見つける力」「的確に予測する力」「新しいものを生み出す力」が、非常に重要になります。これは、AI(人工知能)やロボットの技術が進み、決まった作業やデータ処理、ルール通りの仕事の多くが自動でできるようになるからです。例えば、かつて人がやっていた品質チェックやデータ入力、いつも同じ対応をするお客様サポートなどは、AIがもっと効率よく、正確にできるようになるでしょう。

 そんな時代に人間が果たすべき役割は、AIには難しいことやできないことに移ります。つまり、「まだ誰も気づいていない課題」を見つけ出し、データだけでは分からない「未来の傾向」を予測し、そして今までのやり方にとらわれない「新しい価値」を生み出す力こそが、未来のビジネスを引っ張っていくことになるのです。例えば、お客様自身も気づいていない潜在的な要望を発見したり、AIが出した大量のデータから本当に大切な意味を読み取り、次の作戦を考えたり、全く新しいサービスや製品を思いついたりするような仕事です。これらの力は、創造性や相手の気持ちを理解する力、複雑な状況を全体的に見て考える力など、AIには真似できない人間ならではの特徴と深く結びついています。

2015年頃まで重視された能力

 この頃は、社会や経済がまだ安定して成長していたので、会社は「いかに効率よく、正確に今ある仕事をこなすか」を重視していました。そのため、「注意深く作業する力」「責任感」「真面目さ」「みんなと協力する力」など、決められた手順を守り、間違いなく仕事を遂行する能力が中心でした。例えば、工場での製品の品質管理、事務作業での正確なデータ入力、チーム内でのスムーズなコミュニケーションなどが高く評価されました。これらは、会社の基盤を固め、安定した運営を支えるために欠かせない能力だったのです。

今の変化の時期に求められる能力

 私たちは今、大きな変化の時にいます。AIやRPA(ロボットが自動で仕事をこなす技術)が導入され、多くの決まった作業が自動化されつつあります。しかし、決まっていない作業や人とのコミュニケーションが必要な仕事は、引き続き人間がやります。この変化の時期では、今まで大切にされてきた「正確さ」や「責任感」に加えて、「変化に対応する力」「新しい道具を使いこなす力」「いろいろな人と協力する力」など、新しいものを生み出す力と今までの能力のバランスが求められています。新しい技術を学びながら、今まで培ってきた得意なことも活かす柔軟さが大切です。

2050年の未来で最も大切になる能力

 2050年には、AIがもっと高度になり、多くの知識を使う仕事や分析の仕事もAIができるようになると予想されています。そうなると、人間にはAIでは難しい、もっと高度な「人間ならではの能力」が求められます。具体的には、「まだ誰も課題と気づいていないこと」を見つける問題発見力、複雑な情報から未来の可能性を見抜く的確な予測力、そして今までの考え方を打ち破る新しいものを作り出す力(革新性)が最も大切になります。例えば、全く新しいビジネスモデルを考えたり、今まで経験したことのない社会の問題に、独創的な解決策を示したりする力が、個人の価値を決める時代になるでしょう。

 このように能力に求められることが変わるのは、AIが得意なことと、人間にしかできないことがはっきり分かれていくことを示しています。AIは、たくさんのデータをすぐに処理し、パターンを見つけ、正確で速く実行することが得意です。例えば、過去のお客様のデータから買い物する傾向を分析したり、医療画像を診断したりする作業はAIの得意分野です。しかし、そこから「なぜこのような傾向が生まれたのか」という根本的な疑問を立てたり、「次にどんな新しいニーズが生まれるか」という不確かな未来を考えたり、「これまでにない画期的な解決策」をゼロから生み出す創造性や直感的な力は、やはり人間が優れているところです。

 この大きな変化の波に遅れないためにも、私たち人事労務担当者の皆さんには、社員を育てる戦略を根本から見直すことが強く求められます。過去の成功体験にこだわりすぎず、未来の社会やビジネスで本当に必要とされる能力は何かを深く考え、それを育むためのプログラムを計画することが大切です。例えば、ただ知識を詰め込むだけでなく、話し合いやプロジェクト形式の学習を通じて、実践的な問題解決能力や協力する力を養う機会を増やしたり、社員が自由に新しいアイデアを試せるような、安心して発言できる環境を整えたりすることも重要です。勇気を持って変革し、投資することが、会社の継続的な成長と発展、そして何よりもそこで働く人々の豊かなキャリアを切り開く鍵となるでしょう。

 変化の時代は、決して怖いことばかりではありません。むしろ、人間ならではの力が今まで以上に輝くチャンスとも言えます。一人ひとりが自分の得意なことを再認識し、未来に向けて必要な能力を意識的に伸ばしていくことで、会社全体としても柔軟に変化に対応し、新しい価値をどんどん生み出せるはずです。

クリティカルポイント

 この章の大切な点は、AI時代における人間の役割をもう一度考えることです。AIが決まった作業を担う未来では、人間は「AIにはできないこと」に集中する必要があります。その中心となるのが、「問題を見つける力」「的確に予測する力」「新しいものを作り出す力」といった、創造的で決まっていない作業をする能力です。会社は、社員がこれらの能力を最大限に発揮できるよう、育成や環境整備に素早く、そして思い切って投資していく必要があります。

反証・課題

 一方で、この能力の変化には、いくつかの違う意見や課題もあります。一つは、「注意深さ」や「責任感」といった基本的な能力が全く必要なくなるわけではないということです。いくらAIが進歩しても、最終的な判断や、予期せぬ出来事への対応、人間関係をスムーズに進める上では、やはりこれらの基本的な人間力が欠かせません。例えば、AIが一番良い解決策を示しても、それを実行する過程には人間の責任感が求められます。

 また、もう一つの課題は、これらの新しい能力(問題発見、予測、新しいものを作る力)をどのように育て、評価するかという点です。今までの教育や人事評価の仕組みは、決まった作業の正確さや知識の量を測ることは得意でしたが、決まっていない創造的な能力を客観的に評価する方法はまだ確立されていません。この新しい能力を「目に見える形」にし、効果的に伸ばしていくための具体的な方法やツールを開発することが、今後の大きな課題となるでしょう。誰もが同じようにこれらの新しい能力を持っているわけではないので、一人ひとりの特徴を見極めた上で、適切な役割分担や能力開発の道を考える柔軟さも求められます。