教育政策への示唆

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 私たちが日々の生活の中で「学び」という言葉を使うとき、それは時に新しい知識を得ること、時には技術を習得すること、またある時には心や人間性を育むこと、といったように、実に様々な意味を含んでいますよね。そして「勉強」となると、多くの場合、教科書を開いて問題を解いたり、試験のために暗記したりするイメージが強いかもしれません。この二つの言葉を私たちがどう捉え、どう区別し、どう重要視するかによって、実は国や地域が描く教育政策の方向性は大きく、そして根本的に変わってくるものだと私たちは考えています。

 残念ながら、現状では多くの教育制度が、どちらかというと「勉強する人」、つまり与えられた知識や情報を効率よく記憶し、それを正確にアウトプットできる能力を持つ人を育てることに、かなりの力を注いでいるように見受けられます。もちろん、これはこれで大切な側面ではあります。基礎的な知識や論理的な思考力を身につけるためには、ある程度の「勉強」は不可欠でしょう。しかし、果たしてそれだけで、変わりゆく未来の社会でたくましく生き抜く力が育つのでしょうか? 私たちは少し疑問に感じています。

 本当に理想的で、そして効果的な教育政策とは、画一的な「勉強」の枠組みだけにとどまらず、むしろあらゆる種類の「学び」と、多様なスタイルの「勉強」の両方を温かく包み込み、最終的には誰もが自ら進んで探求し、深く考え、知識を創造的に深めていく「学ぶ人」になれるよう、力強くサポートしていくべきだと強く信じています。そのためには、今一度、教育に対する社会全体の優先順位を見つめ直し、限られた予算の使い道についても、これまでの慣習にとらわれず、思い切った見直しを検討していく必要が、きっとあるはずです。

 まず何よりも大切にしたいのは、すべての子どもたちが、その生まれ育った環境や家庭の事情に関わらず、平等に質の高い教育を受けられるようにするための政策を、揺るぎなく推進していくことです。私たちの社会で「学びたくても学べない人」や「一生懸命やっているのに『勉強ができない』とレッテルを貼られてしまう人」が生まれてしまうのは、決してその個人の能力や努力が足りないからだけではありません。むしろ、多くの場合、それは社会の中に根深く存在する不公平さ、あるいは教育システムが抱える構造的な課題に起因していることがほとんどなのではないでしょうか。

 例えば、経済的な困難を抱える家庭の子どもたちへの手厚い支援、発達の特性や障害を持つ子どもたちがそれぞれのペースで安心して学べるような、きめ細やかな特別支援教育の充実、また、それぞれの地域に伝わる歴史や文化、自然環境に深く根ざした、その土地ならではの魅力的な教育内容(カリキュラム)の開発も重要です。そして、学校までの道のりが遠すぎたり、交通手段が不便だったりする地域の子どもたちのために、誰もが無理なく学校に通えるような物理的なアクセス環境を整備することも忘れてはなりません。このように、様々な側面から多角的にアプローチし、総合的に子どもたちをサポートしていく「全方位型」の姿勢が、今こそ強く求められていると感じます。どんなに困難な環境に生まれた子どもであっても、質の高い教育を受けるという、かけがえのない権利を社会全体でしっかりと保証すること。これこそが、これからの教育政策が掲げるべき、最も重要で、そして最も達成しがいのある目標であるべきだと、心から思います。

 次に、私たちが教育の現場で長らく頼りにしてきたテストや評価のあり方を、根本から見直す時期に来ているのではないでしょうか。現在の日本の教育システムでは、つい全国一斉テストのような「標準化テスト」の結果に重きを置きすぎたり、その点数で子どもの能力を一元的に測ろうとする傾向が、残念ながら非常に強いと感じています。確かに、こうしたテストは公平性を保ちやすく、学力の平均値を把握するためには有効な側面もあります。しかし、この方法にばかり頼りすぎると、子どもたちはテストで良い点を取るための「勉強」に追われ、「学ぶことの楽しさ」や「自分らしい探求」を見失ってしまうかもしれません。その結果、「勉強する人」は増えたとしても、本当に知的好奇心旺盛な「学ぶ人」は、かえって減ってしまうリスクをはらんでいるような気がしてならないのです。

 本来、評価の目的とは、単に「どれだけの知識を暗記しているか」を問うだけのものであってはならないはずです。むしろ、子どもたちが自らの頭で深く考え、物事を多角的に捉える力(批判的思考力)や、既成概念にとらわれずに新しいアイデアを生み出す力(創造性)をどれだけ発揮できているか。また、目の前にある課題を自ら発見し、それを粘り強く解決していく力(問題解決能力)や、多様な背景を持つ仲間と協力し、共に目標に向かって進む力(協働力)など、現代社会で不可欠とされる、もっと多様で複雑な能力をしっかりと見極め、評価していくべきだと私たちは考えます。そして、その評価は、単に「成績をつけるため」だけに行われるべきではありません。むしろ、子どもたちが「どうすればもっと深く、楽しく学べるようになるのか」「どんなサポートがあれば、もっと成長できるのか」といった問いに対する、建設的なヒントを与えてくれる「羅針盤」のような道具として使われるべきなのです。例えば、子どもたちが自らの学習の成果や過程をまとめた「ポートフォリオ評価」を取り入れたり、自分で学習を振り返り、自身の成長を客観的に見つめる「自己評価」の機会を増やしたり、さらには友達同士がお互いの学びを尊重し、助言し合う「ピア評価」などを積極的に導入していくことも、非常に有効な方法だと感じます。これらの多様な評価方法をバランス良く組み合わせることで、私たちは子どもたちの可能性を最大限に引き出し、一人ひとりが自分らしく輝ける教育の実現に、一歩近づけるのではないでしょうか。