交渉シナリオの作成
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成功する交渉は、事前の綿密なシナリオ作成から始まります。交渉の場で初めて考えるのではなく、想定されるやり取りを事前にシミュレーションしておくことで、冷静かつ戦略的な対応が可能になります。特に重要な価格交渉においては、即興的な対応ではなく、計画的なアプローチが成功率を大きく左右します。
目標の明確化
最低限譲れないライン(ボトムライン)と理想的な結果(ターゲットポイント)を設定します。また、代替案(BATNA)も準備しておきましょう。数値化できる目標(価格、納期、支払条件など)については、具体的な数字で設定することが重要です。
BATNA(バトナ)とは、交渉で合意に至らなかった場合に備えて用意しておく代替案(Best Alternative to Negotiated Agreement)のことです。交渉の7つのカギの1つとされ、交渉力そのものであるともいわれています。
【BATNAのメリット】
- メンタルに余裕が生まれ、交渉に妥協が生まれない
- 有利なポジションを取れる
- 契約しない選択肢を持てる
- 議論の結果、双方の利益を満たす新しいオプションの発見や、お互いの利益を最大化させる効果も期待できる
【BATNAの活用法】
- 交渉の前にBATNAを見つけることが重要
- 正しいBATNAをもつためには、情報の収集が不可欠
- 思いつく範囲で暫定的なBATNAを見つけておいて、よりよい条件のBATNAを次第に見つけていくのが一般的な戦略である
- 交渉中に「このプランが承認されなければ、私たちは他の選択肢を検討せざるを得ません」と伝えることで、交渉力を高められる
【BATNAの具体例】
- 原材料の調達先交渉では、別のサプライヤーとの予備交渉を進めておく
- 採用交渉では、他の候補者との面接も並行して行う
- 価格交渉では、社内での内製化計画を代替案として準備する
【BATNAの活用シーン】ビジネスシーン、就職、結婚、教育、 人生におけるあらゆる”決断”を求められるシーン
交渉の7つのカギとは、「利益」「オプション」「根拠」「代替案(BATNA)」「関係」「コミュニケーション」「合意」です。ハーバード流交渉術の7要素と実質的に同じ内容です。
交渉に臨む際は、この7つのカギを洗い出し、相手の視点に立って戦略を練ることが大切です。
【7つのカギのポイント】
- 利益:お互いにとって大切なことは何か、重要事項は何か
- オプション:どんなやり方があるのか、選択肢は何か
- 根拠:それはどうして、その理由は何か
- BATNA:交渉相手から提示されたオプション以外で、最も望ましい代替案(Best Alternative to Negotiated Agreement)のこと
- 関係:自分と相手とはどんな関係か、相手との関係は何か
- コミュニケーション:見解の相違点は何か、こっちはどう思っているがあっちはどうなのか
- 合意:本当に満足か
交渉を成功させるには、次のようなテクニックも役立ちます。
- 自分の意見を分かりやすく筋道立てて話す
- 感情的にならない
- 相手の感情や状況に配慮する
- 互いが求めていることを洗い出し、整理する
- 適切に質問しながら、相手の状況や意図を理解する
- 沈黙を恐れず、時には意図的に沈黙を作り出す
- 重要なポイントは繰り返し伝える
想定質問の洗い出し
相手が尋ねてくるであろう質問や反論を予測し、それぞれに対する回答を準備します。特に「なぜ値上げが必要なのか」「他社はそこまで高くない」などの典型的な反論には説得力のある回答を用意しておきましょう。
【価格交渉でよくある質問と対応例】
- 「なぜこのタイミングで値上げするのか?」 → 原材料費の高騰、為替変動、人件費上昇など具体的な理由と数値を示す
- 「競合他社はそこまで高くないが?」 → 自社製品・サービスの独自価値や品質の差を明確に説明する
- 「前回の契約時と何が変わったのか?」 → 市場環境の変化や提供価値の向上を具体的に説明する
- 「もっと安くできないのか?」 → 価格以外の価値提案(納期短縮、サポート強化など)を提示する
- 「社内承認が得られない」 → 承認を得るための資料提供や、決裁者との直接交渉の機会を提案する
【反論への対応ポイント】
- 感情的にならず、客観的なデータや事実に基づいて説明する
- 相手の懸念を否定せず、理解を示した上で自社の立場を説明する
- 一方的な主張ではなく、対話を通じて解決策を見出す姿勢を示す
- 業界全体の動向や、他社での事例を引用して説得力を高める
想定質問に対する回答は、チーム内でレビューし、論理的一貫性や説得力を高めておくことが重要です。また、回答時に使用する具体的な数字や事例は、すぐに参照できるようにメモやスライドにまとめておきましょう。
譲歩案の準備
交渉は相互の歩み寄りで成立します。価格以外で提供できる価値(納期短縮、少量対応、アフターサービスなど)や、条件付き譲歩(数量によるディスカウント、長期契約による特典など)の選択肢を準備しておきましょう。
【効果的な譲歩の原則】
- 段階的に譲歩する:最初に大きく譲歩すると、さらなる譲歩を期待される
- 譲歩には必ず見返りを求める:一方的な譲歩は交渉力を弱める
- 譲歩の価値を強調する:「特別に」「例外的に」などの言葉を使い、譲歩の価値を高める
- 相手のニーズに合わせた譲歩を選ぶ:相手が重視する要素での譲歩は効果的
【価格以外の譲歩案の例】
- 取引条件の調整:支払い条件の緩和、納期の調整、最低発注量の引き下げなど
- 付加価値サービスの提供:トレーニングの無償提供、保守期間の延長、優先サポートの提供など
- 将来的なメリットの提案:新製品の優先提供、共同開発プロジェクトへの参加権など
- 取引量連動の特典:年間購入量に応じたリベートプログラム、ボリュームディスカウントなど
譲歩案は事前に社内承認を得ておくことが重要です。交渉の場で即断できる範囲と、持ち帰りが必要な範囲を明確にしておきましょう。また、各譲歩案のコストと利益への影響も計算しておくことで、交渉中の意思決定がスムーズになります。
複数のシナリオ作成
交渉は一本道ではなく分岐するものです。相手の反応によって展開が変わることを想定し、複数のシナリオを準備しておくことで、柔軟な対応が可能になります。
【シナリオ作成の基本ステップ】
- 開始状況の設定:現状の取引条件、両社の関係性、交渉の背景など
- 交渉の流れ予測:自社の提案→相手の反応→自社の対応→相手の反応…という流れを予測
- 分岐点の特定:相手の反応によって交渉の方向性が変わる重要なポイントを特定
- 対応策の準備:各分岐点での最適な対応策を検討
- 合意点の想定:各シナリオでの最終的な合意内容を予測
【主要なシナリオパターン】
- 理想シナリオ:自社の提案が概ね受け入れられ、最小限の譲歩で合意に至るケース
- 妥協シナリオ:相互譲歩を通じて中間的な条件で合意するケース
- 難航シナリオ:強い抵抗に遭い、大幅な譲歩や交渉の長期化が予想されるケース
- 決裂シナリオ:合意に至らず、代替案(BATNA)の実行が必要になるケース
【シナリオ別の準備ポイント】
- 理想シナリオ:合意後のスムーズな実行計画、次回交渉へのステップアップ戦略
- 妥協シナリオ:何を譲り、何を得るかの優先順位付け、譲歩の限度設定
- 難航シナリオ:交渉中断と再開の戦略、決裁者を巻き込む段取り
- 決裂シナリオ:円満な交渉終了の方法、将来の関係修復の可能性
特に重要な交渉では、シナリオごとに詳細な対話例(スクリプト)を作成し、チーム内でロールプレイングを行うことで実践的な準備が可能になります。また、交渉中に想定外の展開があった場合の「緊急対応プラン」も用意しておくと安心です。
作成したシナリオは、可能であれば社内でロールプレイングを行い、実際の感覚をつかんでおくと良いでしょう。また、交渉当日に慌てないよう、必要な資料や数字は簡潔にまとめたメモを用意し、いつでも参照できるようにしておくことも大切です。準備は成功の鍵です。
さらに、交渉直前には心理的な準備も行いましょう。適度なリラクゼーションやポジティブな自己暗示で、自信を持って交渉に臨む心構えを作ることが大切です。また、交渉後には必ず振り返りを行い、成功点と改善点を明確にして次回の交渉に活かしましょう。継続的な改善こそが、交渉力向上の秘訣です。